あたしのささくれ、幼馴染のささくれ立つ心
綾乃姫音真
あたしのささくれ、幼馴染のささくれ立つ心
放課後。学校の屋内プールに併設された女子更衣室で練習用の競泳水着に着替え終えたあたしは、ベンチに座ってスマホを確認していた。
「特に連絡来てないわね……」
どうしたんだろ? いつもなら幼馴染がもう来ている時間なんだけど……他の水泳部員は幽霊部員で名簿に載っているだけの現状、貴重な部員だから気になってしまう。
「ごめん遅れた」
顔を上げると、制服姿の夏恋が立っていた。ただでさえあたしよりも10センチ以上低い身長なのに、俯かれてしまうと表情がわからない。……なんだか危ない空気を纏っているような気がする。幼馴染としては顔を見て内心を読み取りたいけれど、向こうもわかっているから見せてくれない。
耳を隠すくらいの髪が汗で貼り付いてるのを見るに、急いで来たことはわかるけど……。
観察していると、ガチャ! と嫌な音がした。
「……」
何故に更衣室の鍵を締めるのか。正直、逃げたくなった。しかも、上目遣いであたしがどう動くか見極めようとしているあたり碌なことを考えていないと察してしまう。
「
そんなことを言いながらジリジリと寄ってきた。声色が明らかに怒っている。ようやく見えた表情は能面のような無だった。
「……っ」
参ったわね……先に着替えたりしないで待ってればよかった。これじゃ仮に夏恋の隙を突いて更衣室から逃げたとしてもそこまでだ。こんな格好で外まで行ける訳がない。だからって、ロッカーの中の制服や鞄を持って逃げる時間があるとも思えない。そもそも夏恋から視線を外した瞬間なにをされるかわからないのが不安要素だ。
流石にナイフを取り出すようなことはしないだろうけど、押し倒されてビンタくらいは普通にあり得るのが怖い。というか、暴力ならまだマシなのよね……中学から5年水泳を続けているあたしと、専属マネージャーをやっている夏恋だ。体格差もあって、有利なのはあたし。形勢逆転も簡単だし、反撃すればいいだけだから。問題なのは、別のパターン。
落ち着けーあたし。まずは夏恋が怒ってる原因を探ろう。少なくとも、昼休み一緒に夏恋自家製お弁当を食べたときは普通だったはず。
「由那ちゃん、5限目の体育が終わったあと……クラスの女の子に右手の人差し指を見せてた。触らせてた」
聞く前に教えてくれたのは助かるけど……これヤバいパターンだ。怒ってるんじゃなくて、嫉妬してる。
「あ、あれは……ささくれが痛かったから……」
「ささくれ? 本当? 見せて」
「……わかったわ」
恐る恐る右手を差し出すと、ガシッと手首を掴まれた。ひぃっ! と心の中で悲鳴を上げながらも平静を装う。
「……確かにささくれ。剥くね」
「いっ!?」
一切の躊躇なく剥かれた。鋭い痛みを感じると同時に、血が滲んでくるのがわかる。
「あ、血が出てる」
自分でやっておきながら心配そうに、慈しみを感じる目を向けてくるのが怖い。
「……」
「消毒しないと」
そう言って指先を口に含んで、舌先で舐めてきた。その行為自体は問題ない。長年の付き合いだし、同様の経験をしたことは数え切れないほどあるから今更嫌悪感もない。同性の幼馴染でこんな経験しているのが普通かは考えないでおく。
「あ、ありがと」
離れた唇とあたしの指の間に架かった橋を見なかったことにして、お礼を言っておく。頼むからこれで満足して!
「次はお仕置き。夏恋って幼馴染が居るのに、他の娘に手を触らせるとか許せない。水着だし丁度いい」
なんて更衣室に来てから初めての笑みを浮かべるけど、よくないから! 逃げようにも手首を掴まれたまま。もちろん振り払うことは可能だ。ただ、その選択肢を取ることはできない。これがお説教モードなら逃走か反撃を選ぶけど、お仕置きモードはダメ。
以前、逃げを選んだ日の夜中にあたしの部屋に侵入してきたことがあるのよね……文字通り貞操の危機を迎えたことがいまでもトラウマになっている。あのときは泣きながら土下座をして謝った。結果としてはパジャマの上から触らせて許してもらえたけど、正直言って気が気じゃなかった。確か原因はクラスの女子が抱きついてきたのをあたしが拒まなかったからと言っていたはずだ。
今日はそのレベルまではいってないはずだから、胸とかを触らせれば許してくれるだろうけど……あたし、水着姿なのよねぇ……。普段のスキンシップくらいなら構わないけど、お仕置きモードだとせめてもう何枚か間に布が欲しい。
「……夏恋、どうすれば許してくれる?」
競泳水着の薄い生地を今ほど心細く思ったことはない。
「夏恋は由那ちゃんが大好きだから、彼女になってくれれば許すよ」
幼馴染でこの状態なのよ? 恋人になったらもっと酷いことになるのが想像に難しくない――そう思っているのに、そんな未来を否定できないあたしも確かに存在している。ぶっちゃけ、夏恋から逃げ切れる気がしないのよね……。
平気でこんなことをしてくる夏恋と幼馴染を続けている時点で、あたしは一生彼女を嫌いになれないのだろうから。
「……今は無理」
「ならお仕置き」
自由にやらせる訳にはいかない。せめて場所を限定しないと……納得してくれそうな身体の部位は2箇所。内ひとつはまだ守りたい。というか、水着をズラされたら終わりだし。パジャマのとき以上に許容できるはずもなく。実質1択だった。
「……胸、好きにしていいから。あと痛いのはやめて」
苦渋の選択。だけど、ささくれ立った幼馴染の心を落ち着けるには仕方がない。こっちは最悪、直接触られることも覚悟の上だ。
「……わかった」
夏恋が頷くまでに怖い間があった。絶対あたしが先に言わなかったら痛いことしてたわね……。摘まれるか、抓られるか。引っ張られるのもあり得る。噛まれる可能性すら否定が難しいのよね……。それか方向性を変えて舐められるとか? 水着だから濡れても問題ないとか言い出しかねない。
そんなことを考えながら座っている場所をベンチから床へと移す。夏恋が待ってましたとばかりに背後に回って、あたしの腋の下を通すようにして手を伸ばしてきた。体格差でほとんど後ろから抱きつかれるような格好だ。
「んっ」
水着1枚しか遮るものがないせいで、胸で感じる夏恋の手の感触が生々しいんだけど……さ。何かを探すように弄るのをやめてほしい。水着越しでもわかるだろうに。ウチの水泳部指定の練習水着ってカップないんだからさ。
「由那の胸を育ててあげる。取り敢えずCからD」
好きな人に揉まれると大きくなるなんて聞くけど、果たしてあたしの胸は夏恋に揉まれて成長するのだろうか? それが、あたしが夏恋に対して抱いている感情の答えになるかもしれない。
あたしのささくれ、幼馴染のささくれ立つ心 綾乃姫音真 @ayanohime
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます