第4話 冒険者

 ある日の昼下がり。午前中の戦闘訓練が終えた私は平原の小川にやって来た。

 いつものようにネクスと戦い、そして引き分けた。突き出した拳に合わされてクロスカウンターを打たれ、どちらもノックアウトしたからだ。

 勝った時以上に汚れた体で午後を過ごすのはあまりにも不快であったため、川の水で洗い流しにきたのだ。


(全く……人をポンポン殴りやがって)


 ワンピースの服を脱ぎ、肌を空気に晒す。

 各所に青痰を作り、返り血や打撲痕に汚れた体を水に浸ける。

 怪我を負った箇所から水が沁み込み、滲むような痛みを発し、目を細めた。

 痛みに耐えていると次第に痛みにも慣れ、ゆっくりと水を掬い上げ、頭へと落とす。

 冷たい水が髪を濡らし、髪を左右に振るい飛沫を飛ばす。


「ふぅ……」


 川の流れに身を委ねながら空を見上げる。疎らに雲はあるが青い空と温かい太陽の光に私は目を細める。

 三十分近く何をするでもなく血や土を水で洗い落きるのを見計らい川から上がる。


 持ってきたタオルで体を拭くと新しい黒のワンピースに着替える。


「……と」


 ワンピースのボタンをつけた瞬間、足元に矢が突き刺さる。即座に矢の軌道を予測し振り向きざまに手刀を振るい二射目の矢を弾き落とす。

 瞬間、視界の端の草が動き金属鎧を身に着けた人間が飛び出す。反応すると同時に握った拳とショートソードが衝突し火花が散る。

「重っ……!!」

「っ……!!強いな」


 数度ショートソードと拳をぶつけ合い、鎧人間の蹴りを腹で受け止め後ろに下がり右腕を突き出す。

 同時に鎧人間もまた迫り、剣を振り上げる。


「【ウィンドアロー】」


 その刹那、鎧人間の背後から魔力を感じとった。

 放たれた風の矢は鎧人間に当たるギリギリの射線を通し、突き出した右腕の肉を抉る。


「うぐっ……!?」


 抉られた肉から赤い鮮血が舞う。焼けるような痛みに脳が痺れ、しかし迫る脅威から視線を外さない。


 鎧人間が振り下ろすショートソードを右手の甲で流し、その背後から飛び出す女武闘家の蹴撃を肘で受け止め、続く蹴り上げを顔を上げ衝撃を流す。


「やああっ!!」 


 真上から響く声と同時に黒い影が飛びかかる。

 空中殺法と言わんばかりの蹴撃を四肢と尻尾、そして影から伸ばした触手で防ぎ、地面を蹴って後ろに下がる。

 続けざまに魔法師から放たれた風の槍を手刀で切り裂くと蹴撃者の全容を見据える。


(ハーピィか)


 鮮やかな青色の羽毛に覆われた翼を腕から生やし、その足は鳥のように細く四本の指で地面を掴んでいる。

 その姿は魔族ハーピィであることの検討をつけるのに十分だった。


(人族と手を組むとは珍妙な事だが、まぁ別に良い。問題は……人族たちが全員冒険者であることか)


 女武闘家、鎧人間、女魔法師の首から下げられた銀色のドックタグを見据え僅かばかり眉を潜める。


 冒険者。依頼の報酬のために、名誉のために、或いは冒険そのものに価値を見出し挑戦する者たち。

 依頼の内容は多岐に渡り、人族の護衛、魔族の討伐、遺跡の探索、迷宮の消滅と戦闘面に長けた何でも屋のようなものだと母から教えてもらった。


(魔族の討伐が仕事としてポピュラーなものである以上、敵であることに違いはないか)


「何者だ?」

「……答える道理はない」


 私の問いかけに鎧人間がそう言うと同時に地面を蹴り最短距離で間合いを詰めてくる。


「ぬるい」


 私の体をショートソードの間合いに入れる直前、鎧人間の関節部から血が噴き出した。

 鎧の内側にある影を操り刃を生み出し、鎧の内側から刺し貫いたからだ。


 血に濡れる体にため息を吐くと拳を握る女武闘家と足を上げるハーピィ、杖を構える女魔法師へと視線戻す。


「手を引くつもりはないか?」

「それは出来ない。私たちにも守りたいものはあるし、何より仲間を殺されて引けるものか」


 女格闘家が一歩、前に踏み出す。

 仲間たちを守らんと握った拳を構える姿に私は眉間に皺を寄せた。


(……別に人殺しは好きではないのだが)


 戦いは好きだ。命をかける感触と生の実感を得れるから。

 しかし、殺してしまえばそれまでで再戦することも叶わない。だから人殺しは好きではないのだ。


「最後に聞く。手を引け。そうすれば見なかった事にして見逃すことができる。これは警告だ」

「……ふざけないで下さい」


 そういうと、女魔法師が長杖を向ける。

 フードを外し、その長く尖った耳を顕にする。

 緋色の目に宿る深い憎悪の感情で私を睨みつける様はさながら獣のように思えた。


「私の村は貴女のような魔族によって滅ぼされました。いずれ貴女は人族の集落を襲い、多くの罪のない人族を殺します。そうなる前に……殺します」

「予防か。……傍から見れば、そちらが正しいのだろうな」


 魔法師の憎悪を目の前にした私は目隠しに隠した目を瞑る。


 魔族は『弱いことが悪い』から人族を襲い食らう。

 けれど、人族の価値観からすれば『理由に関係なく人を殺すことは悪い』ことだ。

 悪の相違。善悪の価値観が人族と魔族ではあまりにも違い過ぎている。

 善悪で言えば悪。

 好悪で言えば悪。

 人族が人族の良い心を持つ以上魔族の価値観を決して認めない。害を与え始める前に殺すことは『正義』だ。


(だけど――)


「だけど、それでも私は生きたい」


 目を開いた私は拳を握り、構える。

 悪だからと生を諦めたことはない。

 悪だからと命を捨てることはしたくない。


(この人生は私のものだ、誰かに指図される謂れはない)


 例え悪だとしても、私は私らしく生きる。


「私は人だ。人は生きたいと願い、生きるために足掻く者だ。だから、お前らを殺す」


 三人の敵対者を見据え、脈打つ心臓と流れる冷や汗を隠すように笑みを作る。


 ――今日、私は初めて殺し合いに身を投じる。




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