第2話 親友

 朝食を食べ終えるとコボルト――モフモフ毛皮と犬頭の魔族――たちに片付けを任せると私や同年代たちは集落の中心にある広場に集まり、戦いの訓練始めた。


 ある者は刃引きされてない剣を手にし、ある者は杖から火の玉を放つ。攻撃を受け倒れた者は地面に転がり、血が地面を濡らす。

 実質的な殺し合いであり、その片隅に私は立っていた。


(本当、魔族の社会は狂っている)


 魔族の社会は極端な実力至上主義。弱肉強食、力こそ全て、弱い者は自由に死ぬ権利すらない。

 狂っていると分かっていても、魔族バジリスクである以上その渦中に放り込まれていることには変わらず、また抜け出すことはできない。


「はああっ!!」


 私を敵として見据えたラミアの少女が背後から爪を振り下ろす。

 私は踵を返し、爪を躱す。

 靡く黒髪が爪先に触れ数本の髪の毛がひらりと宙を舞う。

 拳を握り、呼吸を整え魔力を練り上げる。


「【魔力撃】」


 魔力を込めた拳をラミアの腹に深々と突き刺す。

 瞬間、ラミアの体からドンッ!!という鈍い音が響く。


「がはっ……」


 ラミアの少女は体をくの字にして口から血を吐き出して地面に倒れる。

 魔力を溜め、叩きつける。原始的な魔力を用いた一撃をもって気絶した少女を担ぎ、広場の端に寄せる。 

 広場の中心から離れれば少なくとも狙われる事はないからだ。


(この事だけはバジリスクに生まれてきて良かったと思える)


 バジリスクは魔族の『貴種』――すなわち支配階級だ。

 極端な実力至上主義である魔族社会で種族が支配階級に位置するのは僅か三種族しか存在せず、その実力は並みの魔族よりずっと強い。

 そのため6歳から放り込まれるこの殺し合い同然の訓練の中でも生き残りやすく、また余裕を持てる。


「さて次は……っと」


 周囲の魔族たちを物色していると背中にひりつくものを感じ地を蹴り横に跳ぶ。

 その瞬間、先程まで立っていた場所へと炎の槍が着弾し地面を融かしていた。


「あはっ、アビーちゃんあーそびーましょ!!」


 同時に上空から聞こえてくる言葉。見上げると落下してくる少女が手にした炎で作られた槍を投擲していた。

 地面を融解させるほどの威力を持った槍を反射的に再び地面を蹴って躱し、その炎を再び地を蹴り躱し着地した少女へと顔を向けた。

 槍が解け、融解した地面に降り立った緋色の鱗を持つバジリスクの少女は笑みを浮かべ、


「あはっ、これぐらい避けて当然だよね」

「……相変わらず楽しそうに戦うなネクス」


 心底愉快げに笑うネクスと呼んだ少女に最大限の警戒を向ける。

 ネクスは私の親友であり、同時に私と729戦100勝100敗529分の対等なライバルでもある。


「戦うのは楽しいよ。だって、こうしてアビーちゃんと殺し合えるもの!!」

「そうか、そうだな……!!」


 ネクスが地を蹴り、私へと肉薄する。

 ネクスは鍛えた四肢を武器と魔法を用いた肉弾戦を好む。本人曰く『武器を持つより殴った方がスッキリするから』らしい。


(そして、私が最も得意とするのもまた魔法併用の肉弾戦を得意としている。……理由は全く異なるが)


 ネクスの靭やかな四肢から放たれる拳と蹴り、そして尻尾を振るう鞭打の全てを拳で、腕で、足で、尻尾で捌き、受け流し、防ぎ、縫うように反撃の一撃を放つ。

 それをまたネクスは軽々と捌き、再度連撃と反撃を重ねる。

 殺人的とも言える連撃と連撃に抗う反撃。同年代でも捌ける者は少ない互いの全力の技を思う存分にぶつけ合う。


(体術の技量は拮抗。次に来るのは……!!)


 深く踏み込み、突き出される拳を受け流し距離を取る。


「【フレイムランス】」


 同時にネクスの手から炎が溢れ、槍の形になると同時に突き出す。炎の穂先を身を翻して躱し、焼けるような炎の熱を感じ笑みを浮かべる。


「そうだよな、このタイミングで魔法を使うよな……!!」


 魔法はこの世界のありふれた技術だ。

 生命力から生み出される魔力を介し現実を歪め、事象や物質を操ることができる。

 ネクスが属性魔法と呼ばれる魔法体系の内、火の属性を最も得意としており、その技量は同年代の内で一番だ。


「はああっ!!」


 炎の槍から繰り出される連撃を体捌きで躱し、攻撃が掠めるたびに冷や汗が滲み出る。

 一撃でもまともに当たれば即死。研ぎ澄まされた威力は十分な脅威といえる。


(だからこそ、私もまた全力を出せる)


 瞬間、地面に広がる私の影が蠢いた。

 影は水溜りのように広がり、ネクスの足元から伸びた触手が横に飛んだネクスの頬を切り裂いた。


「ようやく出したね、影魔法……!!」

「……魔法無しではネクスに勝つことは出来ないからな」


 影から伸びる触手を切り裂くネクスへと肉薄し掌底を突き出した腹へと打ち込む。


「うぐっ!?」


 続けざまに踵を返し、回し蹴りを放つがネクスは腕をクロスさせ防ぎ、炎の槍を振り下ろす。

 瞬間、足元の影が湧き上がり壁となって炎を槍を防ぐと影を破り、突き出した手刀がネクスの脇腹を掠める。


(影を操る魔法――影魔法は応用が利いて非常に便利だ)


 影から突き出す杭がネクスの腕を貫き、炎の槍が解ける。

 即座にネクスは腕を強引に動かして杭を破壊し、私の腕を掴み引き寄せる。

 同時に交わした膝蹴りがぶつかり合い、続けざまに放つ拳が私の胸とネクスの胸を打つ。


「ははっ」


 その刹那、影を操りネクスの背後から刃を突き出し肩に突き刺す。流れる赤い血がネクスの顔を濡らし目を瞑る。

 その隙に深く足を踏み込み、腹へとめり込む。


「【魔力撃】」


 ドンッ!!と衝撃がネクスの体内から響く。

 魔力がネクスの内臓を破壊し、口から血を吐き出して倒れる。

 普通の人族なら大腸小腸などの器官を破裂させ死に絶える程の一撃だ。

 それを受けて尚、口から血を吐き出しながらネクスは恍惚に顔を赤く染める。


「あはっ……やっぱりアビーちゃんは強いなぁ。ごふっ!!」

「全くだ……さっさと休め。流石に内臓へのダメージは治りが遅いからな」

「はーい……」


 立ち上がりながら血塊を吐き出し、口元を拭うネクスを見ながら私は口元に手を当てる。


(影魔法無しではやはりネクスの上か。まぁ、影魔法自体が生得魔法だから仕方ないか)


 この世界における魔法は技術であり始めに神が与え、人が築きあげた奇跡そのものとされている。

 しかし、稀に生まれつきあらゆる技術系統にも属さない魔法を持つ者が産まれてくる。

 人が持って産まれ、人が再現することが出来ていない魔法を『生得魔法』という括りで読んでいる。

 影魔法もまた生得魔法に入る魔法であり、少なくともこの集落内に私以外が使う者はいない。


(ただまぁ、影魔法という凶器が優れているだけでそれ以外は特に優れている訳では無いからな)


 魔法は技術。

 どう使うかは使い手次第で、私はナイフや剣と同じく武器の一つとして振るっている。

 影魔法という優れた武器を持っていても突出している訳では無く、他の武器の技量はネクスとそう大差が無いのだ。


(さて、と……)


 口の中に溜まった血塊を地面に吐き捨て、周囲を見回す。未だに戦う同年代の魔族たちに私はゆっくりと口角をつりあげ拳を握る。


「魔法無しでネクスに勝つためにも少しでも経験を積まないとな……!!」


 少しでも強く、少しでも高く。

 自由という生き方を目指す以上、少しでも強くなる。そのために時間を割くことは必要なことだ。


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