第7話 優等種と劣等種

 ド、ド、ド、ド、ド、ド、ドーン!

「な、え!? なに!? なんなの!?」

「ごめんくださーい!」

「は、はい!」

「……仕事のお願いに来ました。お願いできないでしょうか?」

「え、あ、う、え、えっと──え?」

(なになに、何事もなかったようになんなの!? さっきの雷のような音は!? え!?)

 森の夜明け。彼女の家は、木々に囲まれた中にひっそりと建っている。伊賀の里の外に出てしまったのではないかと感じるほど、端の方にある。

 誰もいない。一件だけ、淋し気にぽつんとある家で暮らす。

 その場所は、ムクロジの実の、むわっと発酵した酸っぱいにおいに包まれている。

 泡立ちがよく石鹸として使われているムクロジの実。皮の中に黒い実が入っているため、振ると音がする。

 彼女の家の周りには、ムクロジの実と一緒に、鬼菱おにびし姫菱ひめびしがバラまかれていた。範囲は半径約二十メートル。

 鬼菱や姫菱はひし形の植物で、乾かすと棘が硬くなる。そのため撒菱まきびしとして使われていた。わらじでは足を傷つける恐れがある。そのため彼女は、木製で高い歯の下駄を有する足駄あしだを履かざるを得ない。

 足駄も音を発生させやすく、ムクロジの実も音を出す。二十メートルの幅跳びができない限り、彼女は近隣の住人に気づかれることなく外出することはできない。伊賀の里の住人による隔離。

 今は、雷のような爆発音とともに酸っぱいにおいが消え、草が焼けるような匂いに代わっていた。

「……大丈夫ですか? えっとですね、今日は仕事をお願いしたく足を運んだのですが、お願いできますか?」

「え、あ、えっと──あ、あたしなんかいたって役に立たないと思います……」

(三太夫様のご子息、だよね? 似てるし。いまさら百地家があたしに何の用なの)

孫太夫まごだゆう殿の力が必要です」

「え、あ、う、え、えっと、そ、そんなこと言われても困る」

りく弥生やよい四葩よひら以外にだれも来なかったのに。三人以外の、初の訪問者が百地家のご子息って……)

 猫の左螺旋・野村孫太夫。

 同胞殺しの疑いで里の端に追いやられた。一つ目の理由は、孫太夫の使う特殊な羅刹。当時、作戦に参加していた孫太夫が、岩が落とされた時間にどこにいたのか、誰も証明できなかったことがもう一つの理由だ。

 孫太夫の存在は、世の中が多数決で成り立っていることの証明といえる。

 彼女が一人『私は何もしていない』といってみたところで、多数の左螺旋が黒だと言えば黒になる。

 仮にもし、彼女が何もしていないことを証明できたとしても、伊賀の里の者たちは彼女に頭を下げることはない。『何もしていないのなら、何故強く否定しなかったのだ?』──そう言って彼女の言葉足らずのせいにされることであろう。

 伊賀では、新左衛門のように殺傷力のある攻撃型羅刹──人間は羅刹のことを妖術と呼ぶ──を使えるものを優等種として、特別扱いする。

 他方、攻撃型羅刹を使えない左螺旋──職人型羅刹と呼ばれる──は劣等種と認識され、なにかと理由をつけて排除の対象とされていた。

「話だけでも聞いていただけないでしょうか? 聞いていただいたうえで、断ってもらう分には構いません。その方がお互いに、後悔が少なくて済みます」

 新左衛門には、自分の軽い頭を下げることしかできない。

「こ、困るから頭をあげて……」

「では、お願いできますか? どうしてもあなたが必要です」

「え、あ、わ、わかりましたから。あ、頭をあげてください。け、けど、あたしは他人と上手にお話できないし、お、お荷物になると思う」

(命令すればいいのに……)

「問題ありません。行きましょう。他の仲間達とまとめて依頼内容の詳細を話します」

「わ、わかった」

(急に何なんだよ……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る