第3話 複合現実とサイボーグ

 土間に入ると日本家屋特有の取次に、正座をして頭を下げる美少女が二人。

 観覧すると、土間が二畳ほどと狭いことがわかる。二人の少女がいる取次とりつぎと合わせても三畳程度。小声でも会話が成立する距離感だ。

「お待ちしておりました」

 左で頭を下げている少女には犬のようなケモ耳と尻尾が生えている。二十一世紀の女子高生の制服にも見える和服を着ており、肩と背中が露出していた。フワリと同じくほんのり破廉恥な服装。

 右で頭を下げる少女の額には、前髪を三つに分けるようにして二本の角が主張する。背中に二本の刀を十字に背負っているが小さくて華奢。怖さを感じさせない可愛らしさ。露出は控えめで肩のみ。安心して見ていられる。

 端にある沓脱石くつぬぎいしにはすでに四足のわらじが乗っていた。

 よろしくお願いしますと言いつつ二人の少女に近づくと、身を起こし背後の扉を左右に開けた。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞお上がりください」

 悠真はあっけにとられながらも、靴を脱ぐ。

 式台しきだい、取次と段差を超え、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。

 部屋に入るとまず、左手奥に桃色髪の少女が見えた。慣れていないのか、もじもじしながら正座している。

 入口付近、隅には、あぐらをかいた男性がいる。目が合うと、無言で奥の席をすすめられた。

「「「……」」」

「お菓子をどうぞ」

 赤ちゃんのような声が、悠真の耳に届く。

 余りにも可愛らしい声だったので言葉の意味を理解するまでに少し時間を要した。

 茶会のマナーを知らない悠真は、よくわからないまま、出された生菓子を口にいれる。

 入口に座る男性の前に置かれたお菓子が消えていた。口をみると、モゴモゴしているので間違いではなかったのだとホッとする。

 桃色髪の少女は、三白眼、かつ栗のように三角にした口といった何ともいえない独特の表情。手元はシャカシャカと動いており、一生懸命にお茶を立てている。

 可愛らしい生物に目を奪われながら、目の前に置かれた茶器を二回転。悠真はお茶を口に含んだ。

「はじめまして神宮寺様。よくいらっしゃいました。私はここの工場長を務めさせていただいております、縦尾小太郎たておこたろうともうします。こちらは御子左みこひだりことこ。ここまで案内をしてくれたフワリと同じくナノデバイス開発者の一人になります。ささやかですが、ことこがぜひ神宮寺様を歓迎したいとのことで急遽マナー度返しの茶会体験が実現しました。驚かせてすみません」

「いいえ、とても嬉しいです。ありがとうございます」

「しゃおまおー!」

 ことこも、フワリも、独特な挨拶をする。

 うまく挨拶を返すことができない悠真は、自分の常識を疑う他なかった。

「早速ですが、シルルRPG──戦国──に転生する前に、少し説明をさせていただきます」

「お願いします」

「『現実世界で』を英語にすると『In Real Life』。複合現実が当たり前な今となっては、死語となるネットスラング。ネット世界と現実世界を対比する際に使われていたようです。『現実世界を舞台に』を英訳すると『Set In Real Life』。頭文字を取って『SIRL』。現実世界を舞台にしたロールプレイングゲームという意味で『シルルRPG』と呼んでいます」

「シルル……。なるほど」

「チェコには『Sirl』という姓があります。なんでも、ドイツ語の『綺麗』または『速い』を由来とする説と『精錬所の石炭管理者』を由来とする説があるそうです」

「シルルはなんだか可愛い!」

 ことこはこの世界の名前がお気に入りの様子だ。

「確認したいことは一つだけ。農民の難易度ハードでお間違いないでしょうか?」

「はい、農民のハードでお願いします。ちなみにですが、他国で人気の身分と難易度をお聞きかせいただいても?」

 他国とは、アメリカ大陸の『シルルRPG──エル・ドラド──』やヨーロッパ大陸の『シルルRPG──ルネサンス──』のことだ。

「やはり人気は農民のハードです。おそらく、皆さん共通して成功者だからですね。低い身分に人気が偏っています。山登りのように努力が報われる喜びは、チート能力が過ぎると薄れますから」

『シルルRPG──戦国──』では、ロールプレイングするお客様に身分と難易度の選択権を与えている。

 異世界転移と異世界転生の二種類。

 難易度はイージー、ノーマル、ハードの三種類から選ぶことが可能だ。

 ハードは着の身着のまま。

 ノーマルは武器と防具と一ヵ月分の食事付き。

 イージーはトップレベルの装備と遺伝子編集された身体、一年間、渇きと飢え知らずな状態。さらには、十年分の武術経験が与えられる。

 異世界転生の場合、すでに『シルルRPG──戦国──』で生活している人の記憶や家族、実績を引き継ぐ。

 他人の自我を上書きして身体を乗っ取るのだ。

 武術経験同様、戦国時代から見た未来の知識や記憶は、脳内毛細血管を泳ぎ回るナノボットがクラウドと接続することで閲覧できるようにする。つまり乗っ取った相手の脳を拡張するのだ。

 戦国世界の住人の脳に、いつの間にか住み着いたナノボット。戦国の世に、ハイブリッドなサイボーグが誕生することになる。

 転移は未来の知識だけが頼り。人の命が軽い世界において、なんの実績も経験も知識も知恵もない人間は簡単に殺されるので、転生に比べて難易度が高い。

 転生は未来の知識にプラスして、乗っ取った相手が今まで築き上げてきた、戦国世界の生々しい実体験、生きていくために必要な知識と知恵、人脈を持った状態でスタートできる。

 異世界転移と異世界転生の違いはそれだけではない。難易度の他に四つの身分が用意されている。

 難易度の高い順番に身分を並べると、農民、職人、商人、武士の順番になる。

「これまで異世界転移のハードを選ばれた人はいましたか?」

「……三人いました」

「……どうなったのか、お聞きしても?」

「三人中二人は一週間以内に死にました。マップチートなしに突然、飢えた獣の檻の中にワープさせられるわけですから。一人は川の近くにいた野生動物に襲われて死亡。もう一人は村人に騙されて、身ぐるみをはがされて、殺されました。それはもう呆気なく」

「チート能力があっても難しいでしょうね。ペンは剣よりも強しというくらいですから、アニメと同じようにはいかないかもしれません。それで、残りお一人はどうなったのですか?」

「今も生きています」

「おぉ。それはすごいですね! 今はどのように?」

「…………奴隷です。生きていると言っていいのかどうか……。人としての権利や尊厳はすべて奪われています。今日あたり、死んでしまうかもしれませんね」

「……そうですか」

「彼女が見つけた村は盗賊の巣窟でした。彼女はそれを知るよしもありませんから、村に入ってすぐ、理不尽にも捕まりました」

「転移は恐ろしいですね……」

 悠真はこっそりと、ことこの表情を盗み見た。

 目を閉じて顔を上げ、やはり栗のように口を三角にしていた。

「続きまして今後の流れについて説明させていただきます。神宮寺様には今日一晩、当施設で寝泊まりしていただき、翌朝三時には転生していただく予定です」

「随分と朝が早いですね? 理由があるのですか?」

「実はですね、転生していただく予定の人間が明日、祝言の予定なんですよ」

「……え⁉ それはその、僕の身体になる予定の者から初夜を奪うってことですか?」

「ふぁ……。ことこなら脳が破壊されるぅ。恐ろしいでぇ」

 冷酷、反道徳的、悪魔的。ナノテクノロジーという名の憎悪は、人類の道徳観を否定する。

「すみません。ことこはNTRをとても苦手としていまして」

「悠真ちゃんもNTR嫌い?」

「え、ええ。興奮する人もいるみたいですが、僕には無理です……」

「じゃあ……寝取るのは好き?」

「……えっと、どうでしょうか……。その……」

 悠真は、人の女を寝取ることを想像して少し興奮したが、羞恥と不快にさせたくないという思いから返答に躊躇した。

「すみません神宮寺様……」

 思いがけない挨拶や質問にたじたじの悠真。

「転生後はそのまま、乗っ取った者の記憶を引き継ぐことになりますので、戦国時代の詳細説明は省かせていただきます。神宮寺様のこちらでの知識はクラウド経由で活用できますが、『シルルRPG──戦国──』にて公表する際にはご注意を」

「えっとそれは、知識チートをひけらかすと危険だという事ですよね?」

「ええ。利用しようとする者、脅威と認定して排除しようとする者。さまざまな人間が笑みを浮かべて、神宮寺様に近づくことでしょう。ゲーム開始後一週間以内に戻ってくるだなんてことがないように気を付けてください」

「相応の覚悟とリスクヘッジができてから、知識チートを使うことにします……。理解があり、力も兼ね備え、信用できる人間が、味方にほしいですね……。アドバイス、ありがたく頂戴します」

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