回復アイテム開発課の快挙

猫野 ジム

新しい回復アイテムの開発に成功した

 男は歓喜した。未だにどのメーカーも成功していないヒールポーションの開発に成功したのだ。


 ここはアイテムの開発・販売の大手メーカーである。数年までは中企業だったが、ダンジョンから一瞬で脱出できる『帰還石』が大ヒットしたことにより、大企業の仲間入りを果たしたのだ。


 そして部署のひとつに回復アイテム開発課がある。その名の通り回復アイテムの開発を業務としている。


「課長、こちらが開発中の解毒剤の治験結果のレポートです」


 部下の若い女性社員が目の前の男性に資料を手渡した。


「解毒効果が現れるまで5秒ちょうどか……。なかなか5秒の壁は越えられないな」


 課長と呼ばれる男はそう言うと、さらに言葉を続けた。


「解毒は時間との戦いだからね。早いほどいい。今度は毒キノコの粉末を0.01グラム多く配合して試してくれるかな」


 女性社員は「分かりました」と返事をして持ち場に戻って行った。そして今度は別の社員が課長の前へとやって来た。


「課長! ついにヒールポーションが出来上がりました!」


 部下の若い男性社員が嬉々として報告している。


「本当か! 苦労が報われたな!」


 課長と呼ばれている男はまだ30歳である。『帰還石』の開発チームの一人で、その功績が評価され異例の早さで課長に就任した。


「これで冒険者がより安全にダンジョン探索できますね」


「そうだな。回復魔法である『ヒール』を持ち歩けるんだ。治癒士がいなくても、すぐに傷を治せる」


 これまでにも治療薬はあった。薬草から製造するのだが、外傷には塗り薬が主流で、飲み薬は人間の自然治癒力を促進することを目的としている。どちらも即効性は無いうえ、傷跡が残ってしまうこともある。

 

 しかし回復魔法である『ヒール』は違う。ヒールは外傷を即座に治療できる。出血が止まり、傷口がすぐに塞がる。

 そのため1分、1秒の遅れが命取りになる冒険者にとっては生存率を格段に上げる手段である。


 ただ、回復魔法は治癒士にしか使えないことが問題点だった。

 その『ヒール』と同等の効果のアイテムがあれば回復アイテム界の革命になることは明白であり、もう何年も各メーカーが競争のように開発に取り組んでいた。



 そしてヒールポーションは無事発売された。その結果、飛ぶように売れ社会現象にもなった。


 ところが発売してから1ヶ月ほど経ったある日、企業宛てに数件の報告が届いた。

 その内容は、確かにヒールポーションを飲むと深い傷でも瞬時に治るが、副反応として手の指にささくれが瞬時にできるというものだった。


「課長、ささくれって指先の皮がめくれて地味に痛いアレのことですよね」


「そうだが……何故そんな副反応が出るんだ」


 もちろん治験は充分に行った。冒険者に協力をしてもらい何度も検証したというのに。


 ささくれだって傷といえば傷である。傷を治すと傷ができるという、なんとも珍妙な現象が起きているようだ。


 そして企業として自主回収という事態になった。以下、その広告である。


【お詫び】

 この度弊社で販売いたしましたヒールポーションを飲むと、人によっては稀にささくれができるという副反応が起こることが判明いたしました。


 よって、回収をいたします。お持ちの方は買い取らせていただきます。


 この度はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。



 以上、広告終わり。お詫びの広告までもが珍妙だが、これは企業にとっては大打撃である。信用を築くのは時間がかかるが、崩れ去るのは一瞬だ。


 ところが、意外なことに批判は少なかった。なぜなら、ささくれができる副反応のリスクよりも、大怪我が瞬時に治るというメリットの方が大きいと判断する冒険者が多いからだ。


 それどころか、次は完璧なヒールポーションを開発してくれと応援する人々もいた。


 早速、開発チームは改良に取り組んだ。そして三ヶ月後、ついに完了した。


「課長、完成しました! この薬とヒールポーションを一緒に飲めば、ささくれの発症を防ぐことができます! セットにして販売しましょう!」


「よくやった! それで、その薬の名前は?」


「はい、『ささくれオサエール』です!」


「いやネーミングセンス! もう少しマシな名前はないのか!?」


「僕の力ではこれ以上最適な名前は思い浮かびません……。課長、名付けをお願いします」


「……『ささくれ発症しナイン』」


 その瞬間、部屋はとても静かだった。課長と部下は口を開かない。そう、まるで全ての音が消えてしまったかのように——。


「……もう『付属品』でいいんじゃないですかね」


「そうだな」



 課長と部下は社長へ報告に向かい、そして改良した点を細かく説明した。


 ヒールポーションと『付属品』を一緒に飲めば、ささくれができることは無かったので、セットにして販売するつもりだということ。

 副反応が現れた冒険者に協力してもらい治験はバッチリだということ。

 そしてどこをどう改良したのか、具体的な説明を分かりやすく報告した。


——「以上が今回改良した内容の全てです。いかがでしょうか?」


 課長が社長に向けて聞くと、社長が口を開いた。


「そもそも副反応が出ないヒールポーションに改良しなさいよ……」

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