ほんの些細なささくれ一つに価値を生み出した利己主義者たちの話

パルパル

【第1話】観光地で金ピカのドラゴンや剣を売ってくれるお店って、素敵だよね。

「そろそろカネ稼がんと死ぬぞ!」


 は重大ごとのように言いながら、聴衆を威圧するように、ばん、とデスクを叩いてみせた。


 独りで吹き上がって結構なことだが、この場にいる僕と、もう一人の聴衆には響かない。僕たちが薄情なためではなく、彼の話すことなど、とっくの昔に分かっていたことだからだ。


「おい、。聞いてるのか」


「……次の商品が当たれば延命、外れれば破産。その程度のこと、経営に疎い僕だって分かる」


 眼鏡を拭き拭き、自分でも思った以上に気だるげな声を出しながら僕は答えていた。

 僕も、彼も、彼女も、互いによく見知った仲の同僚である。たった3人で形作った「会社」という名の自動車を、なんとなくで走らせ続けた結果が「破産寸前」の現状である。


 商品開発部の顧問(部といっても、僕一人だけの部署だ)として責任感がないでもないが、ずいぶん前から予兆のあった経営危機の警句に対してリアクションを求められても困る、というのが正直なところだ。


。いつもはうるさいお前が黙ってどうした?」


「っ……あーうっさい。私だって今考えてるんだから、集中乱さないでよ」


 僕たちの中で最も社交性に長けた女性……ウルカは、分かりやすく不満げだ。

 中学の頃に僕と出会い、高校の頃からオサムと一緒にいた彼女が僕たち2人をぞんざいに扱うのは珍しいことではない。ただ、彼女は僕たちにと言うよりも、自分自身へ歯がゆさを覚えているような表情をしていた。


「考えるといってもな……」


 オサムは何かを言おうとしたが、ウルカの表情に声を詰まらせたか、喉の先まで出かけた言葉を飲み込み、黙ってしまった。




 僕たちが会社を設立したのは、9か月ほど前のことだ。


『他人の稼いだ金で暮らす』をモットーとしている社長、杜本もりもと 長虫おさむ


『推せるモノで世界を満たしたい』がモットーの営業部長、推野おしの 売流華うるか


『何でもいいから作らせろ』と周囲に訴え続けた商品開発部顧問の僕、開戸ひらど 発夫たつお


 義務教育が始まってから、大学卒業までの13年間。出会ったり別れたり、再会したりで縁の続いた僕ら3人は、ある日、たまたまの成り行きで飲み会をすることになった。

 いい年して家庭も持たず(あるいは持てず)にただ働いて、余暇を娯楽に使うだけだった僕たち。僕以外の2人は管理職になっていて、僕は僕で程々に自分の知見を伸ばせる仕事を続けることができていたから、旧友二人へ嫉妬を覚えることもなく悪くない日々を過ごせていた。


 そんな日々の中で、たまたま3人が揃って──オサムが放った思い付きらしいひと言で、僕たち3人は運命共同体になった。なってしまったのだ。


 企業名は"Chamber"。


 何でもいいから、をやってやるぜ。

 と、子供じみた思いを『火薬庫』という単語に託して出発した僕たちの会社ふねは、航海へ出てから1年も経たずに座礁しかけている。いったい全体、何がダメだったのだろう。




「やっぱ、デンデン太鼓は今のガキには早すぎたか……」


 はぁ、と大袈裟なため息をついたオサムが言及していたのは、僕らChamberが2か月前に販売したホビーである『七色発光デンデン太鼓』の存在であった。


 デンデン太鼓。

『日本の民芸玩具。棒状の持ち手がついた小さな太鼓の両側に紐があり、その先には玉が結びつけてある。持ち手を高速で往復回転させることにより、玉が太鼓の膜に当たり、音を立てる。』とは、あの悪名高きWikipediaから、たった今引用してきたデンデン太鼓の特徴である。


 商品開発部の顧問である僕は、オサムの企画を元にして七色に発光するデンデン太鼓の玩具のサンプルを作成した。


 とんとん、てんてん、と小気味よい音を鳴らす玉と鼓を作り、子供でも持ちやすく、軽い棒部分も設計した。持ち手の傍にはスイッチがあり、押したスイッチに応じてデンデン太鼓が虹の7色+1色(ホワイト)の光へ切り替わりながらライトアップするという仕掛けがあった。


 僕はデンデン太鼓を作るためにオサムの会社へ来たわけではなかったが、コストと作成期間を縛られる中、限られた素材を元に手触りや重量感にこだわった玩具を作成できたことにシンプルなやりがいを感じていた。

 例えば、太鼓を発光させるためにペンライトの機構を応用したのはなかなか楽しかった。コスト繰りが苦しい中で既知のシステムを利用することで活路が開けたのは達成感があったし、オリジナルの領分を侵さないよう、様々な点に気を遣いながら開発して、無事に販売へこぎつけたのもスリリングな経験だった。


 でも、売れなかった。何が悪かったんだろう。


「シンプルに企画倒れだったわね。発光の仕組みを生かすために全体がスケルトンになったデンデン太鼓、単純に気味が悪かったわ」


 オサムの声と僕の回顧に、ウルカの指摘がぶっ刺さる。

 ひどい。でも正論だ。透明な太鼓ってなんだよと今になれば悔やみもするが……作ってる最中は気にならなかったな。楽しかったし。


「お前だってノったくせに後から言うとはひでーなあ」


「私は早い段階で言ってたでしょ! それをアンタらバカ2匹が『レインボーは男のロマンだぜ!』『白のワンポイントを付け足すのが遊び心!』なんてバカみたいなこと言い続けるからバカな思い付きに乗ってやったのよ、このバカ!」


「うぅっ」


 バカ四連撃を受けて黙るオサム、ちょっと論戦が弱すぎる。

 でも、七色発光デンデン太鼓そんなにアレな玩具だったかな……。結構いいのが作れた気がしたんだけどな。


「べ、別に悪い商品ってわけじゃないわよ。売れなさそうとは言ったけど……オサムのアイデア、凄くいいと思った。親はノスタルジーを、子供はプリミティブな面白さを感じる玩具でさ。タツオだって、低コストで機能付きの玩具を作れたのが本当に尊敬する。工場の人たちだって、いい出来だって褒めてくれたし……。……だから、その──言いすぎてごめん」


 バカ四連撃をかました直後に僕らを褒めて謝るウルカ、ちょっといいやつすぎる。


 僕は世俗に疎い方だが、ウルカの言葉が、売れなかったことへの追撃や弁明でないということくらいは分かる。僕たちが戦っているホビー業界は、何が売れるか分からない世界だ。だからこそ、ウルカも僕たちバカの思い付きに乗ってみたというわけだ。


「『毒手』とか、イタイ小中学生にウケると思ったんだけどなぁ」


「かなり材質こだわったのにね。コストがアレだったかも」


「『ブレードホルダー』はもうちょっとデザイン詰めたら今でもイケそうでさぁ」


「諦めきれないよなぁ」


 『毒手』(※版権関係の係争を避けるために商品名は別にした)は読んで字のごとく、毒々しい手のことである。肌触りにこだわったアームカバーであり、僕の技術を結集して製作した、着色剤を用いて肌の色を変色させることのできる渾身の玩具だった。でも、売れなかった。


 次の『ブレードホルダー』は、修学旅行先で売っている、金ぴかな剣を模したキーホルダーのようなアレだ。あの手のキーホルダーは地味に重くて買うと後悔するので、プラスチック加工を必死に勉強して軽量かつ高級感のあるスケルトンな剣を根付けのように仕上げた。土産物屋でちょっぴりだけウケたが、売れなかった。


「アンタたちの開発力は私も認めるよ。……私の営業が力不足ってこともさ」


 そりゃどの業界も当たるも八卦でやってるだろうが、社会の変革へ最も直接的な影響を受ける子供たちをターゲットとするこの世界は、輪をかけて難しい。そこに自由な匂いを感じて僕たち3人は素っ裸で乗り込んだわけだけど、現実はなかなか上手くいかない。


「とにかくさ。私たち、TAKARA T○MMYやBAN○AIみたいな企業とは体力違うんだから。流行を作るんじゃなくて、一点突破で何とかしないといけないのよね」


「だな。じゃあタツオ、お前なんかアイデア有るか?」


「ええ……」


 おかしいなあ。

 開口一番に「死ぬぞ」なんて言ってたオサムが、ウルカに押されてもう会議の趣旨を忘れている。経営会議が、いつのまにか企画会議へ様変わりだ。


 まあ、3人だけの会社で「死ぬぞ」とプレッシャーを掛けるだけの役目に終始しているやつがいたら、それこそ会社はおしまいだ。いつでもなし崩しで物事が決まっていって、3人で責任を押し付け合いながら、お互いが全力を出せるように遠慮なくあーだこーだと言い合って。こういうぬるま湯に慣れてしまったから僕らは3人で一緒なんだと思うし、こんなだから、3人一緒の世界も破綻しそうなんだろうかと、思いもする。


 僕の感慨を知る由もなく、オサムは口を尖らせた。


「んだよ。アイデアねーのか、開発部長!」


「部長じゃなくて、顧問ね」


「タツオ先生、何かくれよ!」


 なんだかんだと言われても、答えがないのが世の摂理。ない袖は振れないのだから何も答えられなかったが、ふっと、思い付いたことがあった。


 カネを稼がないと死ぬ。だから、次の商品はなんとしても売らなきゃいけない。

 ホビー業界は何が当たるか分からない。僕らは、一発の銃弾でターゲットを撃ち抜かなければならない。

 デンデン太鼓は失敗した。でも、子供たちの直感へ訴えるアイデアは、きっと悪くなかった。


 多分、大変な道のりになるだろうと思った。でも、僕一人で頑張ればある程度までは何とかなりそうだという根拠のない自信があった。




「僕──一つ、思い付いたかも」




 人を導いた経験もなければ、大人らしい責任感もなく。

 友達から褒めてもらえる知識や技術を、ただ自分が楽しいと思えることにしか使えないダメなやつ。それが僕だ。


 そんな僕が。本当に、ただの思い付きで──、


 3人の運命を変えるひと言を、口にしていた。

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