第15話 それから

 それからの日々は穏やかで。

 でもばったり会った水城先輩に教えてもらったことには心底驚いた。


 私が失恋した後、景くんが桜木先輩を殴ったらしい。はっきり断りの態度を見せたのに言葉で断ろうとしなかった先輩に景くんはあの場で密かにキレていたらしい。

 笑いながら二人のその後を話した水城先輩が恐ろしくて仕方ない。

 二人はその後きちんと仲直りして、今では普通の友人として過ごせているそうで、安心した。


 芽久と松木先輩のお付き合いも順調で。

 恋人として大きな山を越えたからだろうか。私が越えさせたからだろうか。喧嘩することなく、まるで熟年夫婦みたいなお付き合いが続いていた。

 大学に進学して、新しい環境に進む彼氏を心配した芽久が可愛くてしょうがなかった。


「美琴ちゃん?」

「あ、なんでもない!」


 私は失恋した後。小田先輩にお願いして寒田さんに会わせてもらった。

 彼女は芽久も知らない私の黒いことをもっと知ってて。芽久には言うつもりはないけどどこかで消化したくて会った。それから寒田さんとは個人的に仲良くなれて、今では冬実ちゃんと呼ぶほど。

 新しく仲良い友達ができたことで、芽久が少し嫉妬したことは内緒。


 桜木先輩とは、顔を合わせていない。

 合わせる顔はないし、先輩だって会いたくないだろうから都合が良かった。

 芽久とも、気まずくなったらしいけどあの時ほどとは言わないが、松木先輩経由で仲良くしているらしい。先輩の恋心は、まだまだ消化できそうにないことを景くんから聞いた。





「健二くん卒業おめでとう!」


 早いもので半年が経って、今日は卒業式。

 芽久に着いてきてほしいと言われ、お世話になった先輩もいるので挨拶をしに卒業式へやってきた。

 知らない顔ばかりで緊張したけれど、そんな様子の私に水城先輩が笑いながら近づいてきた。


 先輩はモデル活動をしているし、人気絶頂だから最初は一目の着くところで話すのを拒否していたが今では特に構うことはない。障害だってなかったし、問題はないと思う。たぶん。


「水城先輩、卒業おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。景や小田には会ったか?」

「いえ。姿を見かけなくて。冬実ちゃんとは会いましたが」

「彼女も、他県から大変そうだ。それにあの美貌だし……小田のことを羨ましがる奴は今日で増えるだろうな」


 最後の日だけど、なんて付け加える先輩は顔に書かれた面白い、という言葉を隠す気はなさそうだ。

 そんな水城先輩と長く話すことはできなくて。他校から来た女子によって開催されたネクタイの争奪戦が早々に始まってしまい私は笑いながら先輩を置き去りに離脱した。


 遠くで松木先輩と芽久を見つめる桜木先輩が見える。

 今だ芽久を見つめる視線は熱い。ああ、何も変わってないな先輩は。


 前はその目を見るのが辛かった。でも今はそうじゃない。


「だーれだ」

「え⁉」


 ぼうっと桜木先輩を見ているとふと大きな手で視界を遮られる。

 春らしい暖かい体温と普通の男性より低い声。その声にはどこか、甘さが含まれていて心地いい。


「……景くん」

「あたり! 奏から美琴ちゃんが来てるって聞いてね。探したよ」

「なら普通に声かけてよ。こんな驚かせることないのに……」

「まあ。前みたいな顔してたら、ね」


 景くんが何を言葉に含んだかなんてすぐに分かる。

 でも、私は前とは違うよ。


「残念ね。私もう桜木先輩のこと想ってないよ」

「俺的には好都合だけど」

「……卒業おめでとうございます。大学、頑張ってね」

「ああ。今までみたいに会えないけど、連絡とってくれよな?」

「景くんが私の事忘れなければいつでも」

「そんなの絶対ないさ」


 景くんは他県の大学に進学する。新幹線で片道五時間ほどかかる。

 そう告げられた時は悲しみが大きかったのをよく覚えているが、彼の人生を壊すつもりなんてないしきっと景くんとは離れれば縁だってすぐに切れてしまう。

 彼女とかできれば、尚更ね。


 だから引き留めるつもりは最初からなかったし、背中を蹴り飛ばす勢いで押すと嬉しそうな顔で笑われたのが印象的だった。


「ねえ美琴ちゃん」

「なんですか?」

「これあげる。君が持ってて」

「ネクタイ……なんで」


 包み込むように私にネクタイを握らせた彼の真意が分からない。


「俺の気持ち。ここで告げても君を困らせるだけだし遠距離になる。寂しいし会いたいときに会えない。だから大学を卒業してまたこっちに戻って来た時、俺と同じ気持ちならこれを俺に返してほしい」


 真剣な表情の景くん。

 そんな景くんにいいえ、なんて言えなかった。


「……分かった」

「ありがとう。言葉にできなくてごめん。だけど誰よりも君を想ってる自信はあるよ」


 切れると思っていた縁は、どこか思っていたよりも太いもので結ばれたままらしい。

 でも、彼らしくてどこか心地よいと思った。

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