第2話 夕暮先輩

「それでね! 健二くんが……」


 ある日の放課後。中間テストも迫っているのでファミレスで一緒に勉強をしていた。二時間ほど勉強をしていると芽久が根をあげてしまい、恋バナをし始めた最中だった。


 松木先輩と芽久はすごくお似合いで。別の言い方をするなら〝運命〟のようだった。黒い噂がなくて、女絡みもほとんどない彼のことで芽久が泣くことはほとんどなくて。本当に羨ましい。


「美琴にも早く春が来ればいいのに……そしたら二人で楽しく恋バナできるのにね!」

「どうだろうね」


 芽久の言う楽しく恋バナ、は私が桜木先輩を好きな間はできないだろうな、と客観的に思った。

 その時、芽久のことを呼ぶ声が聞こえた。


「健二くん!」

「そっちもテスト勉強? 実はこっちもなんだよねぇ」

「受験生だもんね……」

「春日井ちゃんも久しぶり。捗ってる?」

「お久しぶりです。そこそこ、ですね。今息抜きがてら芽久と話してたところでした」

「そっか!」


 会話が止まる。松木先輩が来た扉の近くにはいつものメンバーが揃っていて。松木先輩のことを待っているようだった。だけど二人はまだ話したりないようで。

 それも仕方なくて。中間前なので会う回数は減って、芽久は受験生である彼氏を気遣ってあまり連絡もしていないようで。そんな二人が偶然でも出会ってしまったのなら答えは一つ。


「……芽久、行ってきていいよ? 私ここで待ってるし」

「でも」

「ここ逃したらテスト終わるまで会えないかもよ? ほら、行って」

「……美琴ごめん!」


 芽久は私に向かい手を合わせて、松木先輩と共にあのメンバーのところへ行った。正直、ここで帰ってもよかった。芽久もその方が楽だっただろう。だけど今から別のファミレス探すか、少し遠くの図書館へ向かうかしか残された道はなくて。面倒くさいことはしたくないので、いつになってもいいので芽久を待つことにした。あとは、桜木先輩を少しだけでも眺めたかった。


 ただ、それだけ。


「ねえねえ。君、椎名ちゃんのお友達だよね?」

「えっと」


 そう思っていたのに正面に座る彼で状況はひっくり返された。


「俺、夕暮景ゆうぐれひろ。知ってるよね?」

「……ええ、まあ。お噂はかねがね」

「椎名ちゃん健二に取られて可哀想だったから来ちゃった。あとは少し話したかったし」

「私と話、ですか」

「そ。君、桜木が好きだよね?」

「え」


 バレてるなんて思ってなかった。ひっそり、自分と芽久だけが知ってると思ってた。

 なのに彼と仲良い先輩は私の恋心に感づいていた。驚きで手が震える。少し見開いた目が元に戻らない。そんな私に夕暮先輩は何もなかったようにあっけらかんとしている。


「あ、ごめん。知られたくなかった?」

「……それを確認して、どうしたいんですか」

「んー別にどうもする気はないけど、好きなら知ってるよね? 女嫌いの噂」

「……はい。事実だということも察してます」

「なら話早いね。本気じゃないなら近づかないで。傷つけたくないんだよね」


 そういう夕暮先輩の顔は本気だった。

 言われなくても近づく気なんてない。相手にされないのが分かってる不戦勝の恋に自分から挑む勇気を、私は持ち合わせていない。そしてなぜ、夕暮先輩が直々に釘を刺しているかも分からない。

 そんなに害悪に見えたのだろうか。そんなに、見てしまっていたのだろうか。

 無意識のまま恋心を表に出している自分が、怖くなった。


「……本気、だけど近づく気なんてないです。だってあの人、芽久しか視界に入っていないでしょ」


 今度は夕暮先輩が目を見開く番だった。

 ずっと見てるだけだった私には、他の人と芽久に向ける感情が違うのなんて分かってた。否定したかった、それを恋だと認めたくなかった。

 でも、今の夕暮先輩の反応でそれが真実だと分かってしまった私はなんて察しが良すぎるのだろう。


「君、鋭いね。名前は?」

「春日井、美琴です」

「美琴ちゃん、ね。俺君のこと応援するよ」

「なん、で」

「不戦勝の恋なんて、辛いでしょ。一人でも応援してるやつがいないとね」

「……気を遣ってくれてありがとうございます。でも、今まで通り何もないままでいてください」


 そうしないと、もっと好きになる。


 そんな副音声が彼には分かったのだろう。何も言わず頷いた。そして携帯をこちらへ差し出す。そこにはメッセージアプリのQR コードが写っている。


「交換してよ。なんでも相談聞くし。椎名ちゃんに話せないことあるでしょ」

「先輩はどうして、ここまでしてくれるんですか。私達初対面で、それに……」


 口ごもる夕暮先輩。彼にだって話たくない恋が一つや二つあるだろう。

 私は何も言わず、差し出されたQRコードを読み取り、友達追加をした。


「……嫌だったら、迷惑だったらすぐに言ってください」

「俺から言ったのにそんなことあるわけないじゃん。まあ、君の性格上そんな連絡来ると思わないし」

「よく、お分かりで」


 面白そうに笑った彼に手を振ると同時に、芽久が戻って来た。

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