僕の弟

錦木

僕の弟

 僕の弟が産まれた。

 僕がまだ小学校二年生のときだ。

 桃色のほおをしてすやすやと寝るすがたに周りのみんながかわいい、かわいいとほめた。

 僕もそう思ったのだと思う。


 弟は天使であり悪魔だった。

 家にきてから、いっしょに育って最初は寝返りをうったりするていどだったのに歩くようになるととたんに僕のもとからにげだした。

 頭をなでられたりほおをつつかれたりするのが本当はきらいだったようだ。

 まあ、それは僕もだけど。

 弟は僕のものを取ったり、ときにはこわしたりした。

 お気に入りの図鑑がやぶられたときはさすがの僕も頭がカッとあつくなって弟のことをたたいてしまった。

 大泣きした弟は母さんに甘えた。

 母さんはなにも言わなかったけれど、僕を困ったもののように見ていたことは知っている。

 仕事から帰ってきた父さんにはさすがにしかられた。

 兄さんだからガマンしなさいとか言うのかと思ったけれど、人をたたくのはよくないと言われた。

 げんに、弟はお前をたたいたりしていないだろうと父さんは言った。

 まあ、そうだよね。

 たたいたのは僕もいけないと思う。

 今度はもう少しうまくやらなくちゃ。


 僕と弟はふつうにしていれば仲の良い兄弟だった。

 いっしょにテレビを見て、お風呂に入って、おやつだってときどき僕のぶんもあげた。

 弟は気づいていないみたいだったけどね。

 ある日、母さんが洗たくしている間に弟が外に出ていきそうになったことがあった。

 母さんはひどくあわてていた。

 家の前は道路だから、道に飛び出したら車にひかれてしまう。

 僕はかんがえた。

 どうしたらいいだろう。

 弟の好きなおもちゃや絵本をおいてみた。

 その日、弟は部屋から出なかった。

 休みの日はそれでいいよ。

 でも、僕が学校に行っている間はどうしよう。

 そこで僕はひとつ思いついた。

 玄関の前にひもをかけておけばいい。

 足元に目に見えないひもを、母さんにも言わないでかけておく。

 もちろん玄関にはカギがかけてあるだろうが、最近の弟にはそれだけではきかない。

 カギの開けかたを覚えたからね。

 ひもに引っかかって気づけば人がいないとき玄関に行かないようになるし、気がつかなければ転んでまた大泣きして母さんに助けてもらえるだろう。

 半分せいこうで半分しっぱいだった。

 その日、学校から帰ってきてみると弟は大きく額をすりむいていたのだ。

 母さんはなぜか僕がひもをしかけていたことに気づいて、すごくおこった。

 反対に父さんがなにもなくてよかったじゃないかと、母さんをおちつかせたほどだ。

 弟のためにやったことなのにな。

 夜布団の中に入ると、少しくやしくて僕もおこった感じみたいになった。


 次の日、国語の辞典で調べてみたらこんなひっかかる気分のことを「ささくれ」というらしい。

 ささくれだった気分をいだいて。

 僕はまたひとつ大人になっていく。

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僕の弟 錦木 @book2017

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