ささくれさん

藤宮紫苑

第1話

 冬場は乾燥に気を使わねばならない。それは心も一緒だ。めくれあがってささくれになる。


 わたくし《しあ》は泣いた。大いに泣いた。目を真っ赤に腫らせて学校の廊下を意味も無くさまよう。私は女であるが彼女がいた。同じクラスの同級生で一番の人気者のあの子だ。でもあろうことか男がいた。私たちの通う学校は女子高で、相手は隣の男子校の生徒だった。私に女の取り合いをするような度胸は無い。最悪の気分だが、それはそれとして不幸中の幸いだったともいえる。


 事の詳細を話そう。まず間抜けな話だが、私は彼女の浮気に全く気付いていなかった。言われるまで、言われた今ですらその事実が信じられない。付き合ってから二カ月、私はそれなりに幸せだった。それが急に今朝顔を合わせたときに「もういいや」と一言。それですべてが終わった。理由を聞いてみたら女同士だとキスだとか色々どんなもんなのか気になったからと言っていた。案外悪くなかったけどそこまででもなかっただそうだ。このクソ女が!


 私は存分に心を濡らした後、どうでもよくなりその後のケアを怠った。翌日学校に来たがもう全てがどうでもよかった。適当に授業に出て時間になったら帰る。友人の誘いや、そういうものすべてを無視して一週間たった。そんな体たらくをしたものだから、肌はカサカサ、私の指と心はささくれになりずっとチクチクして痛みが無くならない。元カノは私の事なんて眼中にないのか、ずっとスマホを見ていて、多分男と連絡でも取ってるのだろう。


 下校時、校門の前まで行くと元カノがいた。その横には隣の男子校の制服を着た男がいた。最悪のタイミングだ。本当に死ねばいいのに。私は気付かれないように速足で通り過ぎようとしたが、なんと元カノから声をかけられた。


「ねえねえ、紫亜。これ私の彼氏」


 この女わざと待ってたのか。私は少しだけ悲しい気持ちになったが、それよりも怒りの方が上回った。私は気付くと元カノを思いっきり平手打ちしていた。生まれて初めて人を叩いてしまった。なんという高揚感だろうか。もしかしたらこんな気持ちは初めてかもしれない。しかしそれ以上にまずいことが起きつつある。今男が私に向けてグーを構えてやがる。これが男女平等ってやつか! まずい、やられる!


 突然横から見覚えのない女が現れて男を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた男は「何だこの女」と殴り掛かるがもう一度蹴られ返り討ちに、再び殴り掛かり返り討ちに。以下省略。


 ぼこぼこにされた男は元カノに担がれて泣きながら帰っていった。


「何やってんの紫亜、帰ろうよ」


 やけに美人だけど誰だこの女。そもそもなんで私の名前を知ってるんだ。謎すぎる展開だ。その場は言い出せる空気では無かったので、しばらく歩いて落ち着いてから帰りの電車の中でそのことを彼女に告げた。


「え、私の事わからないの?」


「全く……」


「幼馴染の恋花れんか! 一週間前に転校してきたの! 今まで気付いてなかったの!?」


「え、え、え、恋花ちゃん!?」


 そういえば転校生が来たみたいなのは記憶にあるが、この一週間私はそれどころではない精神状態だった。というか幼馴染……。なんか地味な娘だった記憶しかないが、随分綺麗に、その上なんかこうえっちに育ったものだ。


「ねえ紫亜、あの女とは別れたってことは今は恋人いないんだよね」


「まあ、そうなりますが」


 すると突然キスをされた。


「ん……ぐ……。ちょ、ちょっと待った! 電車の中なんですが!?」


「だって他に誰もいないじゃん」


 続けて彼女は私の手を取り、指先に舌を這わせる。


「ま、待ちなさい! ん……。指は駄目……んん……」


「ちゃんと保湿しないと。何時までもチクチクしたままだよ」


 皆さんもささくれにならないように保湿を心がけましょう。




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ささくれさん 藤宮紫苑 @sio_n

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