【KAC20244】桜始開(さくらはじめてひらく)

一帆

 庇護だけじゃダメなんだってわかってほしい

石橋をたたいて、なおかつ、絨毯までひいて、渡らせる親っていない?

過保護と過干渉。


私とシュウのおばあちゃんはまさにそんな人だ。


 ママが死んでから、おばあちゃんの生活はシュウと私を中心にまわっていた。

 シュウが中学生の時は、毎日のようにこの家にやってきた。私も社会人なりたてでシュウに寄り添えるだけの気持ちもなくて、おばあちゃんが昼間いてくれてほんと助かった。シュウが立ち直れたのはおばあちゃんが愛情をいっぱいくれたからだと思う。そのことについては感謝してもしきれない。それはわかってる。でも、もう庇護されるだけの年齢はすぎている。


 シュウが高校生になってからも、おばあちゃんは一か月に一度くらい、食べ物や生活雑貨を持ってこの家にやってきた。「来なくても大丈夫だよ」とやんわり抵抗しても「ユカリも働いているんだから、たまには楽をしないと」といってきかない。そして、嬉々として掃除をして、ご飯を作って、私やシュウと話をして帰る。


 ただ、それだけだったらまだよかった。


 おばあちゃんは、どんな友達がいるのか、どこへ遊びに行ったのか、仕事はつらくないか、などなど、根掘り葉掘り聞いてくる。私やシュウのすべてを知りたい病にかかっているといっても過言じゃない。それに、おばあちゃんにとって、私もシュウもいつまでたっても、庇護すべき子どものままだ。

 だからか、おばあちゃんといると、どうしても心がささくれ立ってしまう……。



 今日は、シュウの部屋の荷物がなくなっていることを知って、大騒ぎになった。


「……、それで、シュウは一人暮らしを始めたの?」

「まーねー」

「どうして、私に相談してくれなかったの? シュウは優しい子だから、自分がいたら、ヨシハルさんとユカリが結婚できないとか思ったんじゃないの? もし、そうだったら、うちに住めばよかったのよ。一人暮らしなんてお金もかかるし、ご飯だって作らなきゃいけないのよ。最近はなにかと物騒だし、……、それに、大学生なんだから、勉強だってあるのに……」


 私はそうだと肯定することもできず、テーブルの上にある桜餅に手を伸ばした。桜餅は私が好きな和菓子だ。おばあちゃんの話にちゃんと向き合ったら、私の心がささくれ立ってしまうのは目に見えてるから。


「――――、自立したいんだって」

「一人暮らしすることが自立じゃないわ。……、ほんと、どうして、私に一言相談してくれなかったのかしら。一人暮らしするにしても、もう少し広い部屋にすればよかったのに……」


 (いや。だから、言わなかった。ていうか、広い部屋ってシュウが住んでいる部屋の間取りも知らないのに、もう少し広い部屋がいいってどういうこと??) 


 言葉をぐっと飲み込む。


「ユカリもユカリだわ。シュウが一人暮らしだなんて心配じゃないの?」

「なんとかするっていうんだから、なんとかするんじゃない?」


 心配だなんて言ったら、何を言い出すかわからない。

 まあ、でも、おばあちゃんの気持ちもわかる。わかるけど、ここはぐっとがまんじゃない?


「もう、あなたって時々薄情になるわよね。たった一人の弟なのよ。もっと寄り添ってあげなきゃ。…………、今からでも、うちにくるように言った方がいいかしら」


 おばあちゃんはすぐにでも家をでて、シュウの家に行きそうな勢いだ。「大丈夫だと思うよ。普段からシュウ、料理とか作ってたし……」と安心させようといった言葉が逆効果になって、私を襲い掛かった。

 

「私が来ない日って、ユカリじゃなくてシュウがしてたの? あなた、それでもお姉さんなの? ミサエも料理が苦手だったけど掃除はちゃんとやっていたわよ? それにくらべ、ユカリは部屋をいつも散らかしっぱなしにしているでしょ。もう、誰に似たのやら……、きっとおじいちゃんね。おじいちゃんもいつも散らかしてばかりだから……。でも、ユカリ、一人で暮らしても掃除くらいはしなさいよ。あなたはハウスダストアレルギーなんだから、ほこりっぽすぎると咳が止まらなくなるわよ。薬ある? ないなら、私がもらっている抗ヒスタミン薬をあげるけど?…………」


 (もう、いいかげんにして!)


 おばあちゃんの言葉に、私の心はどんどんささくれ立っていった。 

 こうなったら、桜餅食べて、現実逃避して、おばあちゃんが帰るまで心を閉ざしておこう。そう決心すると、私は二個目の桜餅(シュウのためにおばあちゃんが買ってきたもの)に手をのばした。

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