リフ・カーフィラ
静絽鏡
第1章:聖グロワール王国
第1話:リフ・カーフィラ
海から吹き抜ける涼しい空気。石造りの建物に、カラフルな屋根。家の至るところに立った煙突からは、昼食の支度をする煙がふわふわとのぼっては消えていく。
秋から冬にかけて流れていく季節の最中、爽やかな晴れ空に白い雲がぷかぷかと浮かんでいる。
少年は母親の手を握り、市場の喧騒を聞き流しながら、色とりどりの屋根と真っ青な空のコントラストをぼんやりと眺めて歩いていた。
聖グロワール王国、王城区市場。今日も市場はいつも通り、秋物のキルトを着た買い物客で賑わっている。自分たちも、そのひとりだ。
母親に連れられて、買い出しの手伝い。いつもと変わらない日常だった。
今日はキレイに晴れており、風もそよ風程度だが、少し涼しい空気だった。指先が少し冷たくなっている。軽いマフラーでも巻いてくればよかっただろうかと、少年はぼんやり考えた。
市場の馬車通りをのんびりと往く。母親と他愛のない話をしながら歩いていると、にわかに通りがざわついた。
「キャラバンのお通りだ!道を開けろ!!」
「馬車が通るぞー!危ないからみんな下がれよー!!」
「世界を駆ける風のキャラバン、リフ・カーフィラのお通りだよ!!」
少年はざわめきに視線を向けた。母親もつられて人だかりに顔を向ける。
人だかりの向こうに、何台もの馬車が列をなして行進する姿が見えた。大きな荷物を積んだ馬車が、カラカラ、ゴトゴトと音を立てて石畳の上を通過していく。
馬車の天井を見上げるばかりの少年に、母親が話しかけた。
「坊や、見える?あれが、リフ・カーフィラよ」
「みえない…………馬車のてっぺんしかわかんない」
少年がそう言うと、母親は一言添えながら人だかりをかき分け、最前列まで息子を連れて行った。
少年の目の前が開ける。人がよけた馬車通りの中心、何台もの馬車を率いて、4人の人間がゆったりと進んでいくのが見えた。
グロワール白人らしい白い肌に、金髪碧眼の美しい青年。清蘭のオリエンタルドレスを纏った長い銀髪の女性。
この国では珍しい、光煌の和服を着た30代ほどの男性。そしてテラコッタ色の長いターバンをたなびかせる、4人の中で最も身長が低い人物。
4人はその身のどこかしらに、共通のアクセサリーを身につけていた。指輪、腰紐飾り、髪飾り、根付。
それぞれに、青い宝石に鳥の翼と見慣れない花をあしらったアクセサリーを身につけ、それらが陽を浴びてひかえめにきらりと輝いた。
「…………あの人たちが、リフ・カーフィラ?」
少年は母親を見上げた。
「ええ、そうよ。リフ・カーフィラ、世界を駆ける風のキャラバン。
たった4人だけのキャラバンだけれど、エレミアの砂漠や海を越えて、このグロワールから遥か光煌まで商品を運ぶ、とっても強いキャラバンなの。
リフ・カーフィラは、この世界では数少ない、砂漠を安定して越えられるキャラバン。
とくにグロワールにとっては、清蘭や光煌から紙を仕入れて運んでくれる、希少なキャラバンなのよ」
「紙?」
「そう。グロワールでは、紙がとても貴重なの。
坊やがいつも学校で使っている紙も、グロワールのお店で買うと高いけれど、リフ・カーフィラのバザールでなら安く買えるから、みんなリフ・カーフィラから紙を買うのよ」
「ふうん…………」
少年は通りを往く4人の姿を目で追った。馬車を曳きながら、4人で和やかに何かを話していた。
「あの女の人、キレイだね」
「そうね、キレイな女性よね。
あの人はセルリタさん、服装からして清蘭の人ね。とても明るくて、笑顔のステキな女性よ。
隣にいるグロワール人っぽい男の人が、ライテルさん。グロワールの踊り子さんね。
あの背の高い和服の人が、
そしてあのターバンの人が、リーダーのユバさん。どこから来たかわからないけれど、とても賢い人だそうよ」
「へえー…………」
少年は先頭を行くユバの姿をじっと見つめた。その姿が遠ざかったころ、母親を見上げて言った。
「ユバさんって、男の人?女の人?」
そう聞かれると、母親ははてと考えて首をかしげた。
「…………そういえば、どっちなのかしらね?」
+++
グロワールの印刷工場は、今日も煙をもくもくと吐き出していた。その広い敷地に、何台もの馬車が停まっている。その馬車から、作業員たちが大量の紙をおろしていた。
「いやあ、さすがはリフ・カーフィラだ!今回も、本当に助かりましたよ!!」
「長らくお待たせいたしました。清蘭紙600㎏、光煌和紙300㎏、たしかに納品いたします」
「ありがとう!では、支払いを行いましょう。こちらへ」
「セリン、ライテル、納品数量の確認を。衛士さん、手続きを手伝ってくれ」
「はーい!」
「了解!!」
「了解」
セリンと愛称で呼ばれたセルリタと、ライテルは元気よく返事をして、紙がおろされた倉庫と馬車のもとまで駆けていく。衛士はユバとともに、工場の中へと入っていった。
工場の中はやや蒸し暑く、大型の機械が何十台と並ぶ武骨な景色だった。紙を裁断する機械、紙型を作る機械、紙を飲みこんで印刷する機械。
最新の技術である活版印刷を大量に行うことができる、グロワールが誇る一大印刷工場だった。
何人もの作業員が、活字を並べて紙型を作ったり、印刷機にかけて試し刷りを行ったりしている。希少な紙を用いて試し刷りをする作業員は、緊張した顔をしていた。
作業を行う人々を見て、ユバのあとに続く衛士は口を開いた。
「いつ見ても、立派な工場ですね。これほど大勢の人が働く場所は、光煌にはない」
「やあ、そうでしょうとも!グロワールの自慢の工場ですからな。グロワールの印刷技術は、世界のどこよりも進んでいる!」
ユバたちを案内する工場長は胸を張って言った。この工場長は、自らが最新技術に携わっていることを誇りに思っているようだった。
歩きながら作業員たちを見ていたユバが、工場長に向き直った。
「紙の高騰は、相変わらずですか」
「ああ、本当に困ったものですよ。このグロワールにおいて、紙はいくらあっても足りないというのに、紙を持ち帰れるキャラバンが本当に減ってしまって。
辛うじて持ち帰れるキャラバンも次々と値上げを行い、以前と変わらない値段で売ってくれるキャラバンはもうリフ・カーフィラしかいません。
あの量をよそのキャラバンで買えば、倍以上の値段をとられますよ。本当に紙が足りないので買うのですが、全く困りましてね…………
助かっていますよ。紙を安く大量に持ち帰ってくれる、たったそれだけのことですが、グロワールにとっては大助かりです」
「それはよかった」
「こういうこと言うのもなんですけど、リフ・カーフィラはちゃんと利益出してますか?
ミスター・衛士も強い剣客と名高いでしょう、冒険者やった方が稼げるとか思われるとホイホイ離脱されますよ」
「ははは、その心配はいりませんよ。ユバ君には本当によくしてもらっているのでね」
「衛士さんをはじめ、仲間たちには本当に助けていただいています。私もできる限りの報酬は支払っているつもりです」
「ほほお、本当にそうなんですねえ…………すごいなリフ・カーフィラは。強者の集まりとは聞いているが、いつかその腕を拝みたいものですな」
案内された応接室に入ると、連絡を受けていた銀行員が待機していた。
支払いの手続きを済ませる。数量と価格を確認し、工場長のサインと、リフ・カーフィラの領収の証である唐沢 衛士のサインと押印。
工場長が切った小切手を銀行員が処理し、その他書類を残して支払い手続きを完了させた。
「たしかに、頂戴いたしました。いつもありがとうございます」
「こちらこそ!またよろしくお願いしますよ」
+++
他国を訪れたキャラバンは、その国の市場で建物を借り、そこで個人客向けの店を開く習わしである。
キャラバンの収入は主に法人向けの大口取引だが、個人客向けの細々とした商売も、顧客の信用を得るための大事な商いだった。
キャラバンは滞在中、借りた建物内で商売を行い、食事や寝泊まりもその建物で行う。いわばキャラバンの住まいである。
リフ・カーフィラは市場の一角に、いつものように建物を借り、4人でお茶を飲んで一息ついていた。
正確には、リーダーのユバは書き物を行い、その隣で衛士がそろばんを弾いていた。セリンとライテルはお茶を飲みながら、その様子をのんびりと眺めていた。
「…………よし、ぴったり合ってるよ」
「ありがとう、衛士さん。みんな、待たせた。
今回の給金だ、各自銀行で手続きを頼む。心配はいらないだろうが、なくさないように」
「はーい!ありがとう」
「サンキュー!!明日銀行行ってくるぜ」
ユバから小切手を受け取り、セリンとライテルはそれぞれ大切に財布に仕舞う。受け取った小切手と帳簿を見て、衛士は苦笑した。
「取引先からは安い安いと言われてるけど、俺たちからするとこれでも充分すぎるくらいもらってるんだよねえ」
「それなー。他のキャラバンでも、これだけ給金出せるトコないんじゃねーの?」
「他が高すぎるだけなんでしょ。私たちはこの人数だからこの安さで済んでるみたいなトコあるじゃない」
「まあ、そうだね。大人数のキャラバンはそれだけ食費やら何やらかかるからねえ」
「みんなのおかげさ。税額も出た、今日の仕事はここまでだ。
みんな、今回も無事にグロワールまで着いて納品ができた。感謝する」
ユバはわずかに口角を上げて、3人に告げた。3人はそれぞれうれしそうに笑った。
「いいのよ、ユバも本当に律儀ね!こっちこそ、お給金ありがとね」
「今日はパーッといこうぜ!そろそろ寒くなってきたし、あったかいモン食べに行こうよ!!」
「そうだねえ、そろそろ冬だからね」
「ああ、今日は美味しいものをいただこう。リフ・カーフィラで出すから、好きなものを食べるといい」
「やっり!!おごりだ!!」
ライテルは両手をあげて喜んだ。この美青年は酒が好きだ、今日もたらふく飲む気なのだろう。
「じゃあ、じゃあ、オレビーフシチューがいい!!焼きたてのパンもセットで!!」
「あ、いいわね!ビーフシチューは手間かかるものね」
「グロワールのビーフシチューは美味しいよねえ」
「ああ、いいな。ではそろそろ行こうか。ライテル、店選びは任せた」
「まっかせろって!いい店当てるぜ!!」
窓の外はもう夕方、日が暮れて気温も下がってきていた。各々身支度を整えて、4人は町へ繰り出していった。
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