チートの代償に「やれやれ」としか言えなくなった男

@pokepokke

第1話 くたびれた男


「厄介なことになったわね……」


 喧騒が止まない木造の酒場。男たちの声が反響するこの場所に似つかわしくない美女が、掲示板に貼られた紙を見て顔をしかめていた。


 所狭しと依頼が貼られている中、目立たせる為に大きくスペースを取ったその紙には『ミンガラムの森に龍が出現』と書かれている。


「薬草が取りに行けないじゃない」


 青色の目を手で覆い、溜息を吐いた。


 彼女――マリーは薬師だ。採取した薬草から治療薬や戦闘用の強壮剤を作り成計を立てている。この街、ガラムで店を構えてまだ一年ではあるが、既に行列ができる程の人気を博していた。


 ミンガラムの森は、薬草に適した環境が整っており、マリーがよく採取に足を運ぶ場所である。そこに龍が出現したとなると、薬草の仕入れが間に合わなくなる。最悪、ようやく軌道に乗った店を臨時休業しなければならないかもしれない。


 どうしたものかとマリーが頭を悩ませていると、あれだけ騒がしかった周囲の喧騒がピタリと止んだ。


 周りを見渡すと、皆が手を止め、酒場の入口を見つめている。視線をたどり、マリーは目を見開いた。


 そこには一人の男が立っていた。


 中肉中背、特徴のない顔立ち。だがその髪と目はこの辺りでは見かけない黒い色をしており、光すら飲み込まんとする瞳に息を呑む。


 注目された当の本人は周囲の反応など気に止めた様子はない。静かな酒場を自然体で歩くと、マリーの横で掲示板を眺め始めた。


 その立ち振る舞い、異様な雰囲気に、マリーは思わず声を漏らした。


「“くたびれた男”……っ」


 呟かれた言葉に、動きを止めた男がゆっくりとこちらに目を向ける。


 マリーはその男を知っている。というよりは、ガラムに住む者で知らない人はいないだろう。


 ガラムに突如として現れた身元不明の男が、高難易度の依頼を次々に解決していった。そんな噂がガラムに流れたのは、最近の出来事だ。


 男は頑なに素性を語らなかった。それどころか会話をしない、名前すら明らかにしない。

 休む事なく依頼をこなし、唯一口にする言葉から、ついた異名はくたびれた男。


 蛇に睨まれた蛙のように縮こまるマリーを見て、男は表情を変えずに、呆れたように。

 ゆっくりと横に首を振って。

 

「やれやれ」


 異名通りの言葉を紡ぐのだった。

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