閑話 2 白き神の名の元に。

「──……ってわけよ」


「願いが叶うタロット……ねぇ」


探し屋シーカー」ことあたし、ウルル・ルーは、白神教会本部の地下にある異端審問室の室長であるアン・ブラッドフォードに、先日の人狼騒ぎの顛末を報告していた。


 いつ見ても変わらぬ若々しさを誇るこの美しい女性は、ロッテちゃんのお父さんの教え子と言う近いようで別に近くない間柄なのだが、過去に色々あって親しくさせてもらっている。


 かれこれ知り合って……年ほど経つし、まぁ、友達と言っても差し支えないだろう。

 彼女がどう思っているかは分かんないけど、少なくともあたしはそう思っている。


 あ、この人は限りなく真祖に近いヴァンパイアらしいです。

 どーりでいつまでも若いままのはずである。


 なんでそんな人が教会という神のお膝元で、異端審問官なんかやってるのかは語るとそれだけで半日は掛るから省略する。

 まぁ、素敵なお話だと思うよ、あたしは。



「話だけ聞くと、正直胡散臭いわね」


 苦笑を浮かべるアンの言葉に頷く。


「あたしだって、実物をこの目で見てなきゃ信じないよぉ! あれは確かに普通の代物じゃなかった。まぁ、本当に願いが叶うかどうかは見ただけじゃ分からないけど、持ち主は『そう言われた』って言ってたから、多分そうなんじゃないかな……」


「『言われた』? 何者かが介在しているってこと?」


 眉を顰めるアン。

 うん、滅茶苦茶キナくさいよね。


「んー、同じものか分からないけど、似たようなモノをあたしも知ってるから否定できないんだよねえ……」


 もうずっとずっと昔の話だが、今でもはっきり覚えている。

 あの異質としか言いようのない、あののことは。


「あー……前に言ってた「system」だっけ?」


「うん、話を聞く限りアレと似てる、と思う。そうだとすると碌でもない物確定なんだよねぇー! 面倒事にしかならないよ、アレ。どうしよ」


 アレは災いを産む。

 間違いなく。

 アレが囁くのは、普通の人なら抗いきれない甘言である。


 今でもたまに唆された者が事件を引き起こすから、その危険性は教会でも把握されている。


 ……一種の願望機なんだよね。

 タチの悪い事に、アレは約束を守るらしいのだ。


「……そのタロットとやら、聖遺物扱いでウチで管理するってのはどう?」


 危険性に気付いたアンが渋面になり提案してくるが、あたしは首を振って否定する。


「難しい。持ち主が持ち主だし、金や権力でもどうにもならない。何より彼に対して力押しとかやらかしたら、どれだけの被害が出るかさっぱりわからないよ」


 焔の暴君フレイムタイラント ヴァサゴ・ケーシー、あれは敵に回したくない。

 本人が穏やかなんで騙されそうになるが、彼も紛れもなく一つの災害だ。


「噂には聞いてるけど、そんなにヤバい?」


 興味津々といった風なアン。


「んー、戦闘能力って意味だと相当ヤバい。底が知れないというか、悪い意味で何してくるかわかんない。戦うという事に関しては、昔の先生よりも上かもしれない」


「そこまで……!」


 驚くアンだが、あの戦闘を見ていない人間にはなんとも説明し辛い所がある。

 あの時、彼は人狼にした。

 明らかに動きが変わったので分かった。

 

 何をしたのか、検討もつかないから恐ろしいのだ。


「人狼相手に『殺すことを躊躇う』余裕があるんだよ?」


 あの瞬間、見ていて全身の毛が逆立った。

 あれだけの暴威は彼にとってなんでもないことだったのだろう。


「……話は通じたんだよね?」


「酸いも甘いも嚙み分けるタイプだと思うよ。元傭兵だった訳だから当然だろうけど。まぁ、こちらから友好的にいけば、友好的な反応が返ってくると思う。逆もまた然り」


 ちょっと女性に対して初心っぽいのが少し気になったが、それはあのロッテちゃんの彼氏なのだからマイナスではない。


「交渉相手としては問題がない訳か……。まぁ、話を聞く限り現時点での「願い」は穏当であるし私達の認識とも合致する。多少援助するくらいが良さそうではあるわね……」


 話が早くて助かる。

 大体あたしが想定していた通りの答えだ。


 ……奪うとか言い出したら即逃げて、ロッテちゃんに仲介頼まなきゃいけない所だったよ。


「それが良いと思う。なにより、あたしはロッテちゃんとの友情に罅が入るような真似はしたくないからね!」


 そう言って茶化して笑う。


 アンも肩をすくめ、にやりと笑う。


「本当にあの子の彼氏なの? 私、あの子が男連れてるとこ想像もつかないんだけど」


 さもありなん。


「ヴァサゴ君の方は『今はそうではない』とか言ってたね!」


 思わずニヤニヤしてしまう。


「あらやだ! 脈ありありのありじゃないの! ロッテの方はどうなの?」


 女は幾つになってもこういう話が好きだという好例になりそうな顔で、アンが食いついてきた。


「ちょっと近所で聞き込みしたら、しょっちゅうお出かけデートとかしてたっていう証言が出てきたよ! しかも5年間も! よく隠し通せたよね……先生にも紹介済みみたいだし」


「あらやだ! 父親公認なのね! アリスさんは?」


「今度紹介するってロッテちゃんから言われたみたいで、滅茶苦茶楽しみにしてる。あのアリスさんがニコニコしてたくらいだよ」


「……天変地異の前触れかしら」


 ひどい。


 逆に妲己とかコアトリクエは「そう……」だったみたいだけど。

 ちなみにクズノハちゃんは大興奮のあまり走り回ってたし、双子は「曇りなき眼で見定める」とか張り切っていたなぁ。


 仲良しで大変結構。



「……とにかく、このことは一応猊下の耳に入れておくべきだな。さすがに大事すぎる」


 そう言ってアンは椅子から立ち上がった。


 やっぱり、そうなるかぁ。


 面倒な事になりそうだけど、流石に「願いが叶う秘跡」については報告が必要になるだろう。


「大丈夫なの? 猊下は代替わりしてまだ数年だよね?」


「人間にとって数年って言うのは『かなりの時間』なんだよ、ウルル」


 苦笑するアンの言葉にあたしも思わず苦笑する。

 そうだったそうだった。


 でも、あの子まだまだやる気が空回ってる感じがするからなー。


写本コデックス」を受け継いだとは言え、その知識を使うのは「人間」だ。

 判断を誤ることも当然ある。


 あたしたちは初代以降、沢山の成功と失敗を見てきた。


 いつだって見ていてハラハラするが、あたしたちの様なは運営に積極的に関わらないようにしている。


 もちろん助言を求められれば答え、困っていたら助ける。

 人外はそういう影の存在であるべきで、表舞台に立って実際に動くのは彼女たち「人間」なのだ。



「ま、猊下はそんなお馬鹿じゃないし、悪いようにはしないと思うわよ」


 そう言ってアンは笑った。


 不敬もいいとこである。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆











「それ、も可能なの?」



 今代の教皇、ベル・エーデルシュタインに件のタロットについてアンが報告した所、暫く考え込んだ彼女の口から出てきたのはそんな言葉だった。


「猊下?」


 アンの訝し気な声。

 空気が張り詰める。


「その願いとやらで、ママを生き返らせることが出来たら、それはとても素敵な事だと思わない?」


 歌う様に、楽し気に続ける猊下。


「猊下!?」


 悲鳴にも似た声を上げるアン。


 おやおやおやぁ?

 雲行きが怪しいぞぉ?


 彼女、ベル・エーデルシュタインの言う所である「ママ」とは実の母親ではなく、養母である先代の教皇であるミカ・エーデルシュタインだ。

 彼女は病気で早逝し、ベルが10歳の頃に教皇の座を譲ることになったのだ。


 ベルは幼い内からミカに見いだされた、いわば「天才」だ。

 あらゆる事象について理解が早く、一度聞いたことは忘れない。

 きっと稀代の教皇になると期待されていた。


「あら、アン様はママの事嫌い? また会いたいと思わない?」


「もちろん会えるのなら会いたいです、あの方とは私も仲良くさせていただきましたから。しかしながら猊下! 人は死んだらそれで終わりなのです。悲しいでしょうが、それは覆せぬ世界の理なのです。ミカが常々そう言っていた事をお忘れですか!?」


 アンの言葉にベルはしばし瞑目し、頷く。


「……そう、そうだったわね。ごめんなさい、わたくし少しおかしなことを考えてしまったわ」


 そう言ってにこりと微笑む。

 感情が見えない、そんな微笑みだった。


 ……ベルは今年で15歳か。

 吹っ切れたと思ってたけどまだまだ引きずっていたんだねぇ。


「……いえ、猊下がミカの事を大事に思っていた事は、我々皆知っておりますので」


 少し厳しい顔でアンが答える。

 うーん、これはちょーっと良くない予感がするねぇー。


 あたしのセンサーに、引っ掛かりまくってるよぉ。


「これは面倒になる」ってね。




「わたくし、少し疲れました。そのタロットに関してはアン様並びに異端審問室にお任せします。無辜の民に被害が及ばぬようお願い致します」


 それだけを告げ、教皇ベル・エーデルシュタインは私室の方へゆっくりと歩いていった。




 彼女の姿が見えなくなったあと、アンがあたしのほうを向き頭を下げた。


「ごめんなさい、ちょっと予想外だったわ」


 まぁ、あの反応は読めないよね。


 ……人の気持ちはいつだって周りからは分からないものだ、それが教皇と言う立場の人間ならなおさらだ。


「私の方でベルはフォローはしておく。だが、嫌な予感がするからウルルの方でタロットについては探りを入れてくれ。異端審問官資格と権限は渡しておくから、彼と直接の面識があるお前の方で援助してやってくれ」


 そう言ってアンは懐から取り出した印章をあたしの方へ投げる。


「承知」


 彼女は「嫌な予感」と言っているが、確実に何かが起きる事を確信しているのだろう。

 ベルはそう言う子だ。


「くれぐれも気を付けてな」


「アンこそ」


 あたしたちはすぐに動き出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆















「カロン、聞いていたわね?」


「はっ」






「タロットとやら、使手に入れなさい」


「御意」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇前半と後半の温度差よ。

 なんで不穏にしたがるかね、俺は!

 そういうのが好きだからだよ!(性癖)


 ◇と言うわけで、閑話は多分これで終わりです。

 これ以上種を蒔くと収穫できない気がするんで……。


 ◇2章は10話くらい書いたら始めます。

 お盆くらいまでには開始したいと思ってますので、気長におまちくだしあ。

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