第8話 「悪魔」と彼女と問答と。

 そうだ。

 俺は5年もの間、このために準備をしてきたのだ。


 成功するか失敗するかはともかく、世話になった人達に胸を張って報告できるようにしなくてはならない。

 どんな手を使っても、生き残らねばならない。


 故に。


 俺は将来最大の敵となるはずの、眼前の少女を味方にすることにした。

 敵を減らす最大の手段は手を結ぶことだと、俺は戦争を通じて知ったのだ。


 それに、主人公とラスボスが手を組む。

 なんともワクワクする展開だと思わないかい?


 世界の半分はあげられないけどな。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はっはァ! どうした嬢ちゃん! さっきまでの勢いは何処に行ったァ!?」



 ゴゥッ!



「ぁッ!?」


 嘲りの言葉と共に振るわれた俺の拳が、轟音を響かせて彼女の頬を掠める。


 その一撃は本来ならば直撃するコースで、彼女の顔面はぐしゃぐしゃになっていただろうが、手加減用の魔道具は問題なく効果を発揮しているようだ。

 

 先生は良い物を貸してくれた。

『手加減がバレないように手加減をする道具』なんてものをあっさり出してくるんだからな。

 流石あのロッテ・リードマン女史の父親だけはある。


 まぁ、そんなもん使っている事に気付かれたら俺の狙いは全てご破算だが、そこは俺の腕の見せ所って奴だ。

 キチンと一撃一撃に必殺の殺気を込めてお届けしているから、まかり間違ってもちょっと身体で受けてみようとは思わない筈だ。


 もしこの状況でそんなことが出来る度胸があるなら、俺はこの子の評価を何段階か上げなくてはならないだろう。



「ふッ!」



 コンパクトな左のフックが、今度は彼女の鼻先を掠める。


「ぅぁッ!?」


 そらそらそら、きちんと避けないと仕留めちまうぞ!

 お前の前にいるのは敵だ。

 憎むべき敵だ。

 斃すべき敵だ!


 全力を振り絞れ、ありとあらゆる手段をとれ、限界を見せてみろ!



「───……ッ!」



 彼女は慌てて俺の拳が届かぬ位置へ下がろうとするが、その分こちらから踏み込み圧を掛ける。


 甘い。

 仕切り直しなんて、そう簡単にさせる訳ないだろう?

 相手に主導権を渡したまま、安易に後退を選択するとどうなるか教えてやろう。


 口角を上げ、無理矢理気分をアゲる。

 ……本当はこんな弱い者いじめみたいな事はやりたくは無いんだけど、力の差をしっかり分からせるには一番有効なんだよなあ。



 本来ならば平和的に接触して、ある程度の情報を開示の上で協力を求める所なんだけど、町での彼女の行動を少し観察しただけでそれが難しいとすぐに分かったからね。


 見たところ、主人公ちゃんは中々のじゃじゃ馬だ。


 触れる物全てを傷つける様な、思春期真っただ中の少女だ。


 道理を説いても、きっと反発するだろう。

 俺だって前世の思春期はそんな感じだった。



 なら、俺の取る手段は決まっている。


』である。




 圧を掛けながら繰り出した左のジャブ……はフェイント!


 本命は顎を狙った右のアッパーだ。


 コイツは掠めるだけでも戦闘不能になりかねんぞ?

 これでおねんねするようならば、話にならない。

 ガッカリさせてくれるなよ?


「───……くぅッ!」


 彼女は俺の追撃を、バランスを崩すことも厭わず身を投げ出すように仰向けに倒れ込み、無理矢理であるが回避する事に成功した。

 俺の拳は彼女の前髪を掠めるにとどまり、空振りに終わる。


 そして、そのままゴロゴロと地面を転がって距離を取ろうとする彼女の様子を見て、俺は表情に出さずに感心する。


 良いじゃないか。


 予想以上に見えているし、とてもよく動けている。

 咄嗟に身体が動くようにするのは一朝一夕にできる事ではない。

 流石主人公だ。


 とりあえず不格好でも俺から距離を取るというのは正解だ。

 今の俺の戦闘スタイルは打撃主体だから、こちら側の腕や脚の届かない位置まで退き、リーチに優れるロングソードの間合いを取るべきだ。

 セオリー通りの動きだが、効果があるからセオリーとなっているのだ。



 但し、ここならともかく、戦場で同じように転がって躱すのはお勧めしない。


 何故なら、敵か味方に踏まれて死ぬからだ。

 自分も転ぶ可能性があると考えると、誰も助けてなんてくれない。


 それに戦場だと、地面にはそりゃもう色々なものが転がってるからな、主に死体とか武器とか汚物とか。

 離れて随分経つが、長年過ごした地獄のような戦場を思い出してげんなりする。



 そんな呑気な事を考えている俺とは対照的に、少女は必死に転がり跳ねるように立ち上がって剣を正眼に構える。


 一瞬の攻防だったが、彼女は肩を大きく上下させている。


 もう息が切れているな、スタミナに難があるのか?

 それとも格上との戦闘経験の少なさによる緊張か?


 面接官のような気分で彼女を値踏みする。

 まぁ、採用は決まってるんだけど。


 今の彼女の姿はそりゃもう酷い物で、地面を転がった事ですっかり泥だらけ。

 街の中心部なら石畳で舗装してあるが、ここ廃棄街は踏み固められてはいるが土だ。

 しかも昨日は雨だったから、そりゃもう酷いものである。

 頬にもべったりと汚れが付いており、折角の美貌が残念なことになっている。


 でもまあ、さっきまでの澄ました顔よりずっといいと思うぜ?

 泥で汚れてはいるが、強い意志を持つ真剣な色が浮かんでいる瞳は、ロッテ・リードマン女史に似ていて俺の好みだ。

 


 ……まぁ、あとで風呂にでも入れてやるか。

 年頃の少女がその恰好はあんまりだからな。


 この世界にも風呂はあるが、綺麗な水は貴重で沸かすための手間もあり、それなりに値が張る。

 田舎だと水浴びで済ますし、街でも金が無い奴は沸かした湯で体を拭くくらいだ。


 俺?


 俺は火の魔術が得意なんで、毎日自分で湯を沸かして入ってる。

 なんつっても中身は日本人だからな!

 戦場でも身綺麗にしていたから変わり者扱いだった。

 お前らが揃いも揃って臭くて不潔なんだよ!

 

 まぁ、健康に生きていく上で綺麗好きなのは、結構大きなファクターだと思うぜ?



「はっはァ! コロコロコロコロと転がるのが上手いなァ、嬢ちゃん! 綺麗な顔が台無しだぜェ!?」


 煽る。


 ……なんかさぁ、俺ってばラスボスと言うかチンピラみたいになってない?

 まぁ、ガキの頃はどこに出しても恥ずかしくないチンピラだったし、ある意味間違いではない。

 というか三下ムーブ結構楽しいな……。

 こう、頭使わなくていい感じで。



「ッ! 馬鹿にしてッ!」


 彼女はそう吠えた後、構えを下段に切り替えて向かってきた。

 僅かな魔力光を散らして一瞬でトップスピードに乗り、こちらの懐目掛けて弾丸のように走る。


 ……ふむ、限定的とはいえ身体強化魔術が使えるか。

 自分の身体に作用する魔術は、失敗するとそのままダメージになるから難度が高めだ。

 花丸をあげよう。



 彼女の剣の間合いから繰り出される、一閃。


 鋭い一撃だが分かりやすい動きだ。

 恐らく逆袈裟からの変化!


「せァッ!」


 裂帛の気合と共に、俺の予想通りの軌跡を描いて剣が振るわれる。


 いいバネを持ってる。

 若い鹿のように、しなやかで力強い動きだ。

 剣を握る手も柔らかく、腕を撓らせて力ではなく技で斬ろうとしている。


 そこに見えるのは彼女の弛まぬ鍛錬の跡。

 きっとその掌は固く分厚い剣士の掌であろう。


 これでも武で飯を食ってきた人間だ、真摯な情熱をもって鍛え上げらた剣を見ると心が躍る。


 しかし、どうにも動きが素直で読みやすい。

 若いから仕方がないとはいえ、戦闘は相手の予想を裏切ってなんぼだ。


 どれだけ斬撃が早かろうと、剣の軌跡が解っていれば躱すのは容易!



ッ!」



 振るわれる斬撃。



 ……?


 踏み込みが半歩足らない?

 その位置では俺に掠りもしないぞ。


 まさか、動揺のあまり距離を見誤ったか?



 ジャリッ


 異音。



「うっ!?」


 斬り上げる彼女の剣先が地面の土を削り、狙い過たず俺の顔面目掛けて散らす。

 僅かではあるが巻き上げられた砂利が俺の顔面を叩き、思わず顔を顰める。


 目潰しか! 

 反射行動は鍛えようがないから、地味だが有用な技術だ。

 剣先でやるなんて中々器用だな。


 しかし、俺を斬るにはまだまだ工夫が足らん。



「ふッ!」



 彼女は更に一歩踏み込み片手で振り抜いた剣を返し、袈裟懸けに振り下ろそうとする

 俺はそれに臆することなく1歩踏み出し、左手で彼女の剣の柄を押さえる、

 この状態から振り下ろすのは人体の構造上不可能!


「なッ!?」


 ピクリとも動かなくなった剣に驚きの声を上げる少女。


「悪くない手だが、まだまだ甘い。俺に当てるならもう少し工夫が必要だよ、お嬢ちゃん」


 お互いの息が届きそうな距離で嗤う。


 間近で見た彼女の瞳は吸い込まれそうなほど美しく、それでいて僅かに怯えの感情が見て取れた。


 ただ、まだ折れちゃあいねえ。

 まだ逆転の手を隠し持っている目だ。

 隙あらば喉笛を食い千切ってやるという意思が伝わってくる。


 いいねえ、ゾクゾクするぜ。



「くそぉッ!」


「おっと」


 苦し紛れに繰り出した彼女の前蹴りを躱し、俺から距離を取ってやる。

 あんまり近いとセクハラになっちまうからなァ!

 この世界だとまだ無い概念だけど。


 好かれる必要は無いが、嫌われすぎるのは良くない。

 必要以上の身体的接触を控えるべきだろう。



「な、なんでアンタは手加減するのッ!?」


 震える声で彼女が俺に問う。


「ほォーん? 手加減されてることには気付いたってか」


 まぁ、ちょっとやり合うだけで遊ばれてることに気付くわな。

 ただの1撃も当たってないしな。

 余程の実力差がないとこうはならない。



「それくらい、わかる。アンタは、強い。多分私が今まで会った誰よりも、強い」


 苦虫を嚙み潰したような顔で少女が答える。


 ちょっと意外だ。

 そして不可解だ。


「……分かってたのなら、逃げるなりなんなり出来たろうに」


 ま、逃がす気はないが。



 知っていたか?


 ラスボスからは逃げられない。



「はッ! 逃がす気なんてこれっぽっちも無いくせによく言う! アンタは間違いなく私より強いだろう、だが勝てないとは思っていない!」


 彼女は堂々と啖呵を切って、剣を上段に構える。

 その瞳は炎の光を受け、きらきらと輝いている。


 力の差を分かった上で、なお挑むか。


 その心意気や良し!



 だが。



「手加減してるのは手前ェもだろ、嬢ちゃんよォ……」


 まだ、出していない札を切らせよう。

 とっておきを出させた上で、叩き潰してやろう。



「……あれを使ったら、命の保証が出来ない」


 苦し気にそんなことを言いだす主人公。

 ははは、お優しいこって。


「はははははははははははははははははッ! 剣向けといてそれかァ!? 面白い事言うねェ! どんな小さな刃物でも、人は死ぬぞ?」


「それはそうだが……」


「なんだ、村でその力を使うのを卑怯だとでも言われたか?」


「な、なんで……!」


 驚き戸惑う少女。


 言われたんだ……?

 まぁ、確かにあれは反則級の力チートではある。

 努力も無しにあの力を振るわれたら、たまったもんじゃねぇよな。



「何寝ぼけた事言ってんだ、俺だって神札タロット持ってるんだぜ?」


 そう言って俺は神札タロットを取り出す。


 彼女はまだ神札タロットを使っていない。

 強大なる力を持つ神札タロットを温存したままだ。



 




 使わせたうえで、勝つ。


 はっとした表情を見せる彼女に、俺は犬歯を見せて笑う。


 そうだ、全てを見せてみろ。


 殺してしまうかも知れない?

 それは傲慢というものだ。


 俺はその先を行く。

 世界には、もっと強い相手がいる事を教えてやろう。


「……わかった。そこまで言うなら、やらせてもらう! 死んでも後悔するなよッ!」


 彼女はそう言い放ち、神札タロットを取り出し、発動した。




神札タロット愚者ザ・フール』! 正位置アップライト!」




 彼女を中心に深緑色の莫大な魔力が渦巻く。



「ははははははははッ!! そうだ、それでいい! お前の全力を受けきってみせよう!」


 その光景に気分が高揚し、吠える。


 やはり、原作通りか!

 主人公に与えられる、『始まりの0』!


 正位置が示すは「自由」、「純粋」、「可能性」、そして「天才」!



 渦巻いた魔力が収縮し、彼女の肉体に凝縮される。



夢想曲トロイメライ!」


 神札タロット愚者ザ・フール』と神札タロット悪魔ザ・デビル』が激突した。


 ────────────────────

 ◇まだ名前が出てこない主人公ちゃんの明日はどっちだ。


 ◇神札タロット愚者ザ・フール

  定番ですよね。

  まぁ、アルカナが全面に出てくるゲーム、ペルソナくらいしか知らんけど。

  使う時はあのゲームみたいな演出があると見栄えがするけど、超隙だらけだよね。

  効果とかはまた次回。

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