第6話 俺と学びと将来と。
とんでもない爆弾に頭を抱えたものの、これは
なんだこれは。
俺が勝つことを望んでいるのか?
……いや、そんなつまらない事はしないだろう。
恐らく「神」は、この知識をもってしてようやくイーブンだと考えているのだ。
まったくもって頭が痛い。
俺は気を取り直し、与えられた……否、「思い出した」記憶を精査する事にした。
これが例え罠であろうと、使わない手は無いと考えたのだ。
とにかく
この世界の情報元は、主に口コミか書籍くらいだからな。
今いる学術都市のような大きな町だと新聞もあるが、世界のニュースが書いてあるわけではないのだ。
まぁ、世界一の蔵書量を誇る学術都市の大図書館ならば、もしかしたら
恐らく「神」も、そんな馬鹿みたいな展開は望んでいないのだろう。
だから、感謝なんてしない。
礼なんぞ言ってたまるものか。
……だが、もし俺が参加しなかった場合、ラスボスは誰になるのだろうか?
他の参加者の内の誰かがそうなるのか、或いは俺の代わりに参加する奴がそうなるのか……。
どうでもいいことだが、少しだけ気になる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
wikiから得られた情報を繋ぎ合わせて精査した結果、意外とあっさり時期は特定できた。
5年後だ。
5年後に、あのゲームの舞台となった
5年も先と言うべきか、5年しか無いというべきか悩ましい所だ。
少なくとも、明日から始まるとかよりはなんぼかマシだろう。
また、ここ周辺の街道はそれなりに整備されているものの、交通機関があまり発達していないこの世界だと、どうしても移動に時間が掛かる。
幸い舞台となる地域は、俺が今いる学術都市からそれほど離れた場所ではないが、それでも真っすぐ向かって一週間程度はかかると見ておくべきだろう。
以上の点を踏まえ、俺はやることをリスト化して動くことに決めた。
色々悩ましい事はあるが、悩んでいる時間がもったいない。
タイムリミットが判明した時点で、俺はもう1秒たりとも無駄にはできないのだ。
と言っても、俺はこの学術都市に遊びに来た訳では無い。
学びに来たのだ。
つまり俺は、
終わった後に学び始める事も検討したが、それだと俺は30代後半になってしまう。
今はまだギリギリ20代で、多少の無理は効く。
何より入学金をもう払ってしまっている!
2年なら休学も認められるらしいが、今回は5年だ。
な、なぁに。
ラスボスの頑強な肉体を持ってすればどうとでもなる、はずだ!
折角異世界に来たんだ、俺はまだ楽しむ事を諦めてはいない。
魔道工学や魔道医学などなど、地球にはなかった学問を学ぶんだ!
魔道を学ぶ事は、
俺は
ならば、その後の事も考えないといけない。
生きるために学び、学ぶために生きるのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学ぶ大学を決め、講義が始まるまでぽっかりと数日間の余暇が出来た。
この世界に来てから、明確な余暇というものを取ったことが無かった俺は酷く戸惑った。
なんという社畜根性!
ちなみに朧気ながら前世ではサラリーマンをやっていた記憶がある。
特にブラックでもない中小企業勤めで、不満も無かった……気がする。
講義の予習も考えたが、ぶっちゃけ何をどう学べばいいかさっぱり分からない。
良くも悪くも俺の知識はこの世界の一般人レベルなのだ。
いや、元孤児であると考えると一般常識さえ怪しい。
俺の人生の大半が戦場で、魔術に関しても完全に我流だからな……。
今更慌てて情報を入れるより、大学の教員に相談して学び始めたほうがずっと効率がいいだろう、多分。
そんなわけで今後お世話になるだろう町を見て回ることにした。
「「あ」」
屋台で買い食いしていると、ばったりと知っている顔と出くわした。
灰銀の髪と紅い瞳を持つ少女、ロッテ・リードマン女史だ。
「なに? アンタ死にたくなったの?」
ニヤニヤしながら彼女が俺に近寄って来る。
その手には串焼きが数本握られており、食欲をそそる匂いを漂わせていた。
「いや、まだ死ねないね。しばらくこの町で暮らすつもりだから見て回ってるだけさ」
……美味そうだな。
俺も買うか。
しかし、この人結構食うのな。
串焼きはかなり大きく、普通の大人ならば1本でお腹いっぱいになるだろう。
「ふぅん? 住むってぇーと、アンタ契約冒険者でもやるつもり?」
俺の視線を気にすることなく、ロッテ・リードマン女史は豪快に串焼きにかぶりつきながら俺に質問を投げかけてきた。
契約冒険者とは、大学に雇われて実験に使う試料などを取りに行ったり、教授のフィールドワークに付き合って護衛したりする冒険者である。
大儲けは出来ないが安定した収入を得ることが出来るため、引退間近の冒険者たちが好む就職先だ。
「いや、大学に学びに来たんだ。恥ずかしながら孤児でね、学が無い事を痛感して学びにきたのさ」
「はぁー! そのナリで勉強を!」
驚きの表情を浮かべる女史。
失礼な。
まぁ、俺みたいな見た目からして「荒くれ者」みたいな奴が、わざわざここまで学びに来るとは思わんわな。
全くいないとは言わないが、かなりの少数派であることは間違いない。
「悪いか?」
「うんにゃ、良い事だと思うよ。うん。むしろこの町の理念としては、アンタみたいな人間の方が正しいと思うわよ。少なくともアイツはそれを望んでいた筈」
「アイツ?」
「あぁ、ごめんごめん何でもないよ。それで、アンタは何を学びに来たわけ?」
彼女は苦笑して軽く首を振り、誤魔化すように俺に質問を投げてきた。
まぁ、無理に聞き出すつもりもない。
そもそもほとんど初対面だからな、この人とは。
妙に喋りやすいけど。
「あー……魔術基礎概論と魔術応用学、あと魔道工学と魔道医療……────」
「待った待った! え、マジで!? 何年学ぶつもりよ、アンタ!?」
俺の答えを聞いて慌てるロッテ・リードマン女史。
予想はしていたが、かなりの無茶らしい。
「一応、5年を目処に学ぶつもりだ」
その後、俺はやらないといけない事があるしな。
「えぇー……? 普通の人だと魔術基礎概論が終わるかどうかだよ、それ」
呆れた表情の彼女を見て、俺は肩をすくめる。
「やらなきゃならないんだ。やるしかないんだ。やると決めたんだ。例えそれが無茶だろうが、な」
笑う。
そうだ、楽しめ。
生きている事を、生きる事を楽しめ。
そんな俺を見た彼女は少し考えた後、少し真剣な表情になって俺に尋ねてくる。
「大学は決めてるのよね? どこ?」
その表情に少し気圧されながら、ポケットに入れていたメモを取り出して大学名を確認する。
「……モニカ・エーデルシュタイン記念大学、だな。俺が学びたい学問なら、一番ここが良いと聞いたから」
卒業するのは一番難しいが、最新の内容が学べる大学と聞いて決めた。
……学費も高かったけど。
「……そう、なるほどね。これも何かの縁かな? ……こう言うのは大事にしろってママも言ってたし」
ぼそりと彼女は呟き、懐から出した紙にさらさらと筆を走らせた。
「はい、あげる」
書いた後、インクを魔術で乾かしクルクルと巻いて、魔術印を刻印して俺に差し出した。
「これは?」
受け取る。
薄く彼女の黒銀の魔力が覆っており、キーワードを知らないと開けないようになっているようだ。
「紹介状。それを持って行けば、アンタの望みは叶うと思うわ。……多分すっごく大変で死にたくなると思うけど」
「え……────」
「まぁ、使うかどうかはアンタに任せるわ。じゃーね」
俺の返事を待たず、ロッテ・リードマン女史は踵を返して雑踏へ消えていってしまった。
……一体なんだったんだ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大学が始まり、最初の講義でロッテ・リードマン女史から貰った紹介状を見せた所、大喜びで特別実験クラスという部屋にぶち込まれた。
生徒は俺一人である。
いじめかな?
俺の学生生活はどこに……?
どうやら女史はこの大学に顔が利く人間だったらしく、俺専用のカリキュラムが組まれることになったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1年目は講義について行くので精一杯であった。
特に魔道の基礎さえ知らなかった俺は、そこから叩き込まれた。
元々この大学には様々な教育水準の人間が集まるので、初めは個人に合わせたカリキュラムが組まれるらしい。
基礎が出来ていないと、それこそ寝る間も惜しむような過酷なカリキュラムになるから、大抵の人間はドロップアウトするとの事。
紹介状を持ってきた俺には、その中でも最も過酷なカリキュラムが組まれた。
俺は10年以上の傭兵生活で、過酷な環境に対する耐性が出来ていたのでそこはあまり問題にならなかった。
何より、魔道について学ぶことはとても楽しかったのだ。
構成を組んで魔力を流すと、本当に魔術が発動するんだぜ!?
異世界転生して一番興奮した出来事かもしれない。
俺の学ぶ姿勢には教授も大喜びで、かなりかわいがってもらったと思う。
ただ、一週間ほぼ睡眠時間なしでの講義なんて、普通の人間は死ぬと思うんだよ、先生。
先生の講義が終わったら終わったで、遊びに来たロッテ・リードマン女史から魔術実技のマンツーマンの指導が行われた。
死ぬかと思った。
2年目は睡眠時間を取れるようになった。
なので、睡眠時間を削って
1年目にはほぼ何もできなかったからな。
と言っても脳内のwikiを紙に書き出して、本来のストーリーの流れを確認したり、プレイしていた時には気にもしなかった、アイテムなどのフレーバーテキストを読んだりしていた。
なかなかこれは有意義で、この世界で使い道が分からないような道具のを発見したりもした。
システム上不可能だった使い方もできるわけで、もしかしたらこれは俺の切り札になるかもしれない。
少しだけ出来た余暇に、ロッテ・リードマン女史の執筆を手伝わされたりした。
なぜ俺はこの世界に来て本の校正をやっているんだろう……?
金払いはとても良かったのでありがたかった。
3年目は研究室に所属し、本格的に魔道士としての勉強がスタートした。
前世の大学時代を彷彿とさせる生活で、かなり充実した日々だった。
フィールドワークと称して近隣の地域を歩き回り、土地勘を養った。
また、
本人との接触も考えたが、それでストーリーが変わる可能性を考え、遠くからの観察に留めておいた。
主人公の姿を見たときは、不思議な感動があった。
各地のお土産をロッテ・リードマン女史に渡すと、土産物より土産話が聞きたいと言われた。
なんやかんやで彼女の家にお邪魔する事も増えた。
この歳になって友達が出来るとは思わなかったぜ。
4年目、魔導士として1人前扱いされ、時間的に余裕が出来たため魔道医療技術の取得もはじめた。
これはどうしても学びたかった。
近隣の町のスラムを回り、拙いながらも魔道医療を使って病気の子供達を診て回った。
偽善に過ぎないと分かっていても、やりたかったのだ。
ロッテ・リードマン女史は呆れた顔をしながらも手伝ってくれた。
そして、5年目。
名残惜しくも大学での学びを一時中断し、
軽いトレーニングはしていたが、やはり戦闘から遠ざかっていたから、それを研ぎ澄ます作業がどうしても必要だった。
ロッテ・リードマン女史や教授に手伝って貰い、己という刃を研ぎ直したのだ。
とても、とても楽しい5年間だった。
俺は出来る限りの準備を終え、とうとうその日が来た。
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◇学生編、完!
◇5,000字近くになっちゃった!
早く本筋に入りたかったから、かなり詰め込みました。
◇次のお話でようやく
ヴァサゴ君の
多分みんなの予想通りです。
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