第4話 俺と「神」と願い事。
『アルカナ・サ・ガ』
当時の覇権ハードで発売されたフリーシナリオ型RPGである。
開発されたのがハードの最後期であった為、グラフィックの精密さやBGMは限界まで高まっており、今見ても驚くほどクオリティの高いものであった。
ストーリーにしても当時は珍しい、周回を前提としたフリーシナリオを採用しており、用意されたイベントを自分のタイミングで起こすことが出来るといった自由度の高さを誇っていた。
プレイヤーが自分で難易度を調整することが出来るというのは、当時としては実に画期的であった。
ただ、スタッフの志は高かったものの、やりたい事とやれる事の見極めが出来ておらず、システム周りには非常にバグが多い。
お願いだから進行不能バグだけはやめろ。
加えてバランス調整が滅茶苦茶で、少し選択肢を間違えるとクリアが不可能となる地獄の難易度であった。
小学生にはとてもじゃないが、無理だった。
ほかにもアイテムの所持数が極端に少なく、最終的に廃棄不可のイベントアイテムで埋まってしまったり、スキルの効果の説明がゲーム内に存在しなかったりと「本当にこれテストプレイしたの?」という問題点が多数存在したのだ。
総じて、光るものはあるが、それ以上に欠点が目立つ残念なゲームと言うのが一般人からの評価であった。
ただ、一部の熱狂的なファンからは愛されており、今でもwikiが更新されている。
ちなみにお値段は12,540円(定価)。
高い。
そんな情報の奔流が脳内を駆け巡る。
これはおかしい。
この程度の情報、気付くのならばずっと前に俺は気づいていた筈だ。
自分の身に降りかかったのが異世界転生であると気付いたのに、同じようなパターンであるゲーム世界への転生へ思い当たらないわけはない。
地名やその他の情報が手がかりとなって思いつかない筈がない。
それも、俺が初めて遊んだRPGの世界だなんて!
これはつまり、そういう事だろう。
『転生であると気付いた時点では、俺の記憶の一部は意図的に封じられていた』
俺が世界に目を向けて、大陸の地図を見たときにようやく思い出せるようにしてあったわけだ。
いや、過去に精度の低い地図なら見た事があるから、タイミングやら他の要因があるのかもしれない。
まぁ、そこはどれだけ考えても答えは出ないだろうし、置いておく事にする。
しかし、これで一つだけ分かった事がある。
間違いなく、俺の転生には何者かの意思が介在している。
名前の事もあるし、これは確実だろう。
……偶然ではない、偶然であってたまるものか!
そうなると俺が辿ってきた道は、全てそいつの掌の上だというのか?
あの街が滅んだ事も、俺の仲間が死んでいった事も、俺の復讐さえも!
全てすべてすべてすべて!
定められた出来事だというのか!!
避けられぬ運命だというのか!!!
ふざけるなッ!!!!
怒りのあまり、視界が真っ赤に染まる。
血が沸き立つような感覚に襲われる。
俺を見て笑っていたのか?
無駄な事をやっている、調子に乗っていると嗤って見ていやがったのか!?
俺の怒りも悲しみも喜びも、俺の人生で幾つも体験した悲劇さえも!
全てあらかじめ定められたストーリーの一部だったって事か!?
憤怒、激怒、嚇怒。
滾るような怒りが俺の身を震わす。
俺の感情に反応した魂の器から、赤い赤い真っ赤な魔力が溢れ出る。
自分で自分が制御できない。
俺の中で飼っている獣が、鎖を引き千切ろうと暴れ出したのが分かった。
このままだと、ここは焦土と化すだろう。
全てが灰になり、塵と化すだろう。
だが、大切だったモノも守るべきモノも復讐心さえも失った俺にとっては、最早どうでもよくなっていた。
「ねぇ、そこのアンタ」
その時、噴火直前の火山のような俺に話し掛けてくるものがいた。
「聞こえないの?」
そうだ、俺は一体何をやっているんだ!?
人を巻き込むわけには────
「はぁ……『
溜息と共に魔術が行使される。
「……ぐゥッ!?」
怒りで赤熱されていた精神に、冷水をぶっかけられた衝撃を受ける。
物理的な威力は無い筈なのに、がつんと殴られたように視界が揺れる。
こ、これは……────
「まだ足らない? 大した根性ね。ならもう一丁、『
呆れたような声と共に精神を無理やり平静にさせる魔術が、連続して俺に浴びせられる。
再び訪れる衝撃。
「少しは落ち着いた?」
俺はクラクラする頭を軽く押さえながら、声の主の方を向く。
そこにいたのは、紅い瞳とややくすんだ銀髪を持つ少女であった。
歳の頃は12、3歳だろうか?
可愛らしい顔をしているが、その身に纏う雰囲気は退廃的でさえあった。
……なんか疲れたOLみたいだ、目の下に隈あるし。
「……あぁ、大丈夫だ」
短く答える。
とにおかく、礼を言わねば。
危うくこの地を焼き尽すところだった。
「分かってると思うけど、ここは図書館。心穏やかに静かに過ごす場所。暴れたいなら外でやんなさい」
半眼で俺を睨む少女。
あまり迫力はないが、御立腹なのは伝わってくる。
よく見るとエプロンを着けており、その手には本が握られていた。
司書なのだろうか?
職務なのだろうが、よくあの状態の俺に声を掛けられたな、この子。
大した肝の太さである。
「申し訳ない、全面的に俺が悪かった」
言い訳出来ない程の失態だ。
反省し、少女に頭を下げる。
悪い事をしたら謝る、とても大事な事だ。
「あら、素直ね。いい事よ。……なんかごちゃごちゃ考えてたみたいだけど、短気を起こさないことね。さっきはチラチラ赤い魔力が漏れてたわよ? もしまかり間違って火事になってたら、私がアンタを外に放り出していたわよ。運が良かったわね?」
彼女はそう言ってへらりと笑う。
「……そう、だな。俺は運が良かった。ありがとう、司書さん」
俺の言葉に彼女はにぃと口角を上げる。
「どういたしまして。本当なら出禁にするところだけど、素直に謝ったし今回は許してあげる。……次はないからね?」
そう言って彼女は肩をすくめ踵を返した。
が。
何かを思いついたように振り向く。
「自分で自分を抑えられないと思ったら、私に言いなさいね? 殺してあげるから」
そう言って微笑む。
黒銀の魔力が彼女からどろりと溢れ出る。
泥のように、地に満ちる。
その気配に、ぞくりと肌が粟立つ。
……彼女は本気だ。
本気で俺を殺せると思っている。
こんなところで
そして、俺はそれを嬉しく感じていた。
俺を終わらせてくれる存在が居てくれて、嬉しかったのだ。
「そうだな、その時は頼む」
知らず知らずの内に笑みを浮かべながら答える。
全てが嫌になったら、彼女に終わらせて貰おう。
きっと、そう悪い終わり方じゃ無いはずだ。
「任されたわ」
要件は済んだとばかりに奥へ歩いていく司書さん。
「……俺はヴァサゴ・ケーシー。司書さん、アンタの名前は?」
なんとなく名前を聞きたくなり、その小さな背中に尋ねる。
彼女は足を止め、答えてくれた。
「ロッテ。ロッテ・リードマンよ」
それが俺と彼女、司書にして小説家であるロッテ・リードマンの出会いであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
再び一人になり、大陸地図を前にして考える。
そうだ。
ここで一人怒り狂っても、何も変わらない。
それに図書館で暴れると出禁になってしまう。
それは困る。
落ち着け。
思い出せたことに意味がある筈だ。
俺が何をすべきかを考える必要がある。
そう、俺をこの世界に呼んだそいつは、きっと何かをやらせるために呼んだのだ。
……人の運命に干渉できる超常の存在、それを人は神と呼ぶ。
ここではとりあえずそいつを「神」と呼称することにしよう。
業腹ではあるがな。
この世界にも一応、宗教は存在する。
非常に珍しい事に腐っていない宗教組織で「白神教」と言う。
名前に「神」と入っているが、その本質は弱者救済組織だ。
炊き出しや教育を主に行い、必要物資の流通を担いその売り上げを活動費に回している。
寄付も庶民からは受け取らず、金持ちの特権扱いにしているのをみて最初は驚いたものだ。
上手い手だと思う。
使い切れない程の金を稼いだ連中は、次は名誉を求めるものだ。
彼らは神を信じない。
彼らが信じるのは、ヒトの心だ。
ヒトの良心こそが最も尊いと信じている。
日本人としての感覚が残っている俺としては、どうしても宗教には忌避感があるため距離を置いているが、その教義は嫌いでは無い。
話が逸れた。
何が言いたいかと言うと、俺が定義した「神」は恐らく一般的に知られている存在でないという事だ。
判断が非常に難しい。
あまり口にすべきではないかもしれない。
しばらく悩んだ後、俺は「神」についてはとりあえず無視することに決めた。
考えが読めないし、今すぐに解決できることでは無いからだ。
ならば、次はどうするか。
俺はこの世界が、『アルカナ・サ・ガ』によく似た世界であると知った。
それならば調べる必要がある。
『アルカナ・サ・ガ』の舞台になった世界ならば、ある筈だ。
22の大アルカナから成る、
全てを揃えれば、願いが叶う神器。
それが本当に存在するかを、調べねばならない。
もし、本当にあるのならば。
『幼かったあの街の子供達の顔が浮かんだ』
本当に願いが叶うのならば。
『炎の中、倒れていった仲間の顔が浮かんだ』
失ったものを取り戻せるのならば。
『もう朧気となった、前世の両親の顔がぼんやりと浮かんだ』
俺は、「神」のシナリオ通りだとしても、
叶えたい願いは、いくらでもあるのだから。
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◇やっと
まぁ、もうちょいヴァサゴ君の話ですが。
◇『アルカナ・サ・ガ』
名前のモデルはロ〇サガですが、FCとかSFCのRPGが色々混じってる感じのイメージです。
レトロRPGのネタがちょくちょく出てきますから、気付いたらにやりとしてもらえると嬉しいですね。
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