造形

堕なの。

造形

 優艶な女性は、珈琲を口へ運ぶ。砂糖も舎利別も含まぬ、苦い飲み物を、まるで甘味でも食べるように。ほう、と一息つく其の姿さえ様になる。喫茶店の御客も店員も、其の場にいる全ての者が目を奪われた。

 私はと言えば、化粧もせずに気味の悪い笑顔を浮かべて注文を取りに行っていた。目の前の男が嫌な顔をするが気にしない。よくある事だった。今日は偶、見た事も無い美女が入店したため、其の落差から当たりが強いだけだ。

「ご注文をお伺いします」

「ブラック珈琲を一つ」

「畏まりました」

 あのおじさんは何時もは甘めの珈琲を頼む。見栄を張りたいだけだろう。そんな歳にもなってみっともない限りである。なんて、此醜い見た目で馬鹿にしてみる。之では、どんぐりの背比べの方が何倍も可愛い。

「ブラック珈琲です。何時ものお砂糖を使いたければ申してください」

 おじさんは顔を真っ赤にした。若しかしたら、此店にはもう来ないかもしれない。私はたかがバイトなので関係ないが。働けて給料が貰えればそれで良い。

 トレーの上に、退出した客の食べ残しを乗せる。こんな自分が惨めで仕方がない。あの女性のように美しければ、もう少し良い生活が出来たのでは無いかと思う。

 レジにあの女性が立っている。そこまで時間も経っていないのに、漸くかという気持ちになる。彼女のように、人生勝ち組な見た目をした人が私は嫌いだ。多分、この世で一番嫌い。

「お会計は310円です」

「カードで」

 彼女の出したカードの色は黒かった。其の色に染められるように、私の心にも黒い淀みが溜まる。この世は理不尽だ。見た目で様々な事柄が測られる。私だって、もっと可愛くいたかった。

「ありがとうございました。またお越しください」

 二度と来るなという気持ちを、シフトが終わるまで抱え続けた。そしてシフトが終わり、帰る準備を始める。其の最中、何となくSNSを開く。そこには、あの女性がいた。フォロワー30万人。私なんかでは手の届かない天上人である。

 過去の投稿を遡ってみる。メイク動画や、流行りのダンス動画など、まさに旬の女性といった感じだった。一つのメイク動画を開いてみた。そこに映るbeforeの彼女は、お世辞にも可愛いとは言えない顔だった。

 私よりは可愛い。でも、あの優艶な雰囲気は見る影もない。どうやら彼女は美しいを1から作っているらしい。

 私にも出来るだろうか。私も動画の中の彼女のように美しくあることが。

「美しさは作れる。厚化粧したって整形したって、誰かに悪口を言われる筋合いは無いの」

 その言葉が、ストンと私の胸に落ちてきた。少しは僻みをやめて努力をしてみようと思った。私が私であるために。

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造形 堕なの。 @danano

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