第32話、風乞うて花ゆれる、偶然にも歌い手が他にいないだけなんだから




『家庭科室』での、ひと波乱もふた波乱もあった出来事の後。

マーサーたち六人(と一匹)は、『職員室』の前まで来ていた。

石化の原因がパラサイセクトの力であると分かったので、早速向かったのだ。

皆を代表してタカが扉をノックする。

 


「失礼します……」

 

しばらくしても返事が無かったので。

そう声かけしてから一同が中に入ると。

そこには予想していた案の定な光景が広がっていた。

 

一面に広がる灰色の波、そう表現してもおかしくないほどの人が、石と化してそこに存在している。


とはいっても、彫像のようにしっかりと並んでいるわけではない。

争った状態のまま、石と化した者。

それを止めようと必死になっている者。

石と化す時の我を失うほどの辛さに、顔を歪ませるものと様々だ。


付け加えるのならば。

それらの人物は、一度は言葉を交わした事のあるだろう人物ばかりなのだ。

石になりかけた者達は、自らに起こったかもしれない目の前の出来事に、ゾッとしない気持ちを抱きながらしばしの間、それらを見入っていた。

 


「んで、どうすんだ? みんなで『光(セザール)』の魔法を掛けて回ればいいのか? とは言っても、オレ苦手なんだけど」

 

今回石化を解くのにもつかったマーサーの音魔法は。

元々『風(ヴァーレスト)』属性でありながらその歌によって、様々な属性を持つことができた。

カズの言う通り、パラサイセクトの寄生による石化には『光(セザール)』の魔法が有効であることが分かっていて。


マーサーが比較的よく歌う、お馴染みなものであるからこそ。

タカの見解によると、【ヴァルサド・ヴォードゥエル】はほぼほぼ『光(セザール)』魔力属性で構成されているらしい。


とはいえ、他の魔法でも効果があるらしく。

事実、今まだ何匹かパラサイセクトが飛び回っているにも関わらず、タカの光系補助魔法である【サンクチュアリ・クロス】のおかげで六人が石になるようなことはなかった。

 


「おいおい、この人数をか? かなり時間がかかるぞ?」

 

後々のタカのフォローで何とか自分を失わずにすんだケイは、もっともな事を言った。

 

「それじゃあ、すみませんけどマーサー、先程の魔法をお願いできますか?」


『音(サウンド)』系の魔法は、属性の中でも最も効果範囲が広く、この広い『職員室』で使うにはもっとも有効であると言えた。

そして、その魔法を使えるのはここにいるメンバーではマーサーのみなのだ。

 

「こほん、では一曲」

 

自分だけしか使えないのならばこの際目立ってしまうのも仕方ないことなのだと。

そう前置きして、マーサーは先程と同じく、【ヴァルサド・ボードゥエル】の呪を紡いでゆく。


まさしく、歌うかのごとく。


薫るように花びら散らし、と始まる形無き言の葉は言霊となって辺りに光の花を撒き散らす。



それは、やさしく包み込むように石と化した人々に降り注いだ。

……しかし、光の奔流が治まってもそれらに変化は起きなかった。




「あれ、おかしいな、失敗したかな?」


そう言って眉を寄せてマーサーは首を傾げる。



「ううん。魔法に失敗は無かったと思うよ」


すぐにダイスがそう答えてお互いに唸る。


「まさか、魔法が効かないパラサイセクト?」

「いえ、それは無いと思います。おそらくこれは少々遅かったのでしょう」


すぐさまトールの考えを否定し、タカは自分なりの意見を述べた。

 


続くタカの話によると、光属性の魔法に限らず石化解除などの治療魔法は時間が大きく左右してくるらしい。

今回の場合は、完全に石になってしまうと中に入り込んでいるパラサイセクトに魔法が届かないのが原因のようだ。

 

「どうする?もっと強い魔法をかけてみるか?」

「そうですね、とりあえず試してみましょうか」


そう言ってそれぞれが使えそうな魔法を試そうと散っていって……。





               ※




石化解除の魔法や治療魔法が苦手なカズは。

ただっ広い『職員室』に、何か気になることはないかと見回っていた。


ふと、石と化した人々が固まっているところがあるのに気づく。

どうやら、カズの時と同じように何人もの人が一人によってたかって集まっているようだった。

 

「そういやなんであの時、オレに向かってきたんだろう?」


やっぱりオレがすげえ奴だからかなと、カズなりに納得しつつ。

その塊を良く見ようと近寄っていく。

剣術科の先生や歴史の先生、何度か言葉を交わした事のある、有望株の生徒たち。

そんな見知った人々が殺到していたのは一人の青年であり、始めて見る顔だった。

 


「誰だろ? 新任の先生かな……ん?」


よくよく見てみるとその青年は、皆の攻撃を一心に受けつつも後ろにいる人物をかばっているようだった。

その人物にはカズはとっても見覚えがあった。

 

子供のような小さな手足。薄いブラウンの、短めのポニーテ-ル。

そこまで見て、カズははっとなった。

何故ならば、髪の一部が石になっていなかったからだ。

 


「おいっ、みんな! ちょっと来てくれっ」

 

カズがそう声をあげると、どうやら魔法が効かず考えあぐねていたらしく、すぐに全員がかけつけてきた。

 

「お? 完全に石になっていない?」

「あっ、キャンベル先生だ。やっぱり魔法学科の先生だから石になるのが遅かったのかな?」

「確かに、人によって石になる速さの違いはあると思います」

「とにかく、石化を解くよ」


ダイスはそう言って手のひらに『光(セザール)』の魔力を集めると、石化の解けている髪にやさしく触れた。



すると。

『聖光拳(ウィルオ・ナックル)』の応用であるその力で。

徐々に石化は解けていって……。

 


    (第33話につづく)






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