第10話、水を映す者、運命の出会いはまだ先に
そもそもが、このスクールおいての『虹泉(トラベルゲート)』の存在は。
時間縮小とか、楽ができるからといったレベルではなかった。
教室によっては普通に歩いたら一日じゃ着かないというほどお互いが離れており、もはや学校生活における必需品と言ってもよかった。
このユーライジアの世界は、大きく分けて四つの大陸によって構成されている。
その中でも一番大きな大陸と言われるユーライジアに一つしかないスクールだけあって、その広さも半端ではないと言えた。
もうこのスクールに入って五年以上経つマーサーでさえもこのスクールのどこに何があるのか半分も分からないのが実情で。
と。
少し歩いたところで、がさがさと何かの気配がした。
校舎を出るとそこはすぐに、人以外の生き物が住まう『フィールド』と呼ばれる場所になる。
気配がしたのは、その『フィールド』にある瓦礫まみれの茂みからだ。
「ん? なんだろう」
呟きつつ、何気なくマーサーが近づいた瞬間。
「ガアッ!」
かなりの勢いで、水色の何者かがマーサーを掠めた。
バキバキバキッ!
そのまま通り過ぎた水色の弾丸めいたそれは。
ナイフのような鋭い歯で、後ろにあった茂みをなぎ倒す。
「わぁっ」
いきなりの出来事に思わずマーサーは声を上げた。
よくよく見ると、勢いよく通り過ぎた背中には、色とりどり綺麗なラインが入っている。
特徴的なそれに、水辺に棲まうドラゴンの仲間だろうと気付かされる。
厳密に言えば、『ディーネ・ドラコ』と呼ばれる【水(ウルガヴ)】の魔精霊の一種で。
魔精霊としては下位の、魔物といっしょくたにされ、そう呼ばれる事もある『獣型』にあたるが。
基本的には大らかで懐っこい性格で、召喚の契約もそれほど難しくはなく。
人を襲うような性格の魔精霊ではなかったはずなのだが……。
噛み付いていた木を離すと。
ディーネ・ドラコは、ぐりんとマーサーの方を振り返った。
暴力性を秘めた瞳がマーサーを射抜く。
明らかに正気を失っているようだった。
後ろ足のバネを使って、再びマーサー目掛けて飛びかかってくる。
「わわっ」
マーサーは咄嗟に両手を突き出した。
何故そうしたのかマーサー自身も分からなかったが、すぐに不思議なことが起こった。
バチッ!
いきなり火花が散って。
思った以上の反動があって、互いに弾かれたかのように後ろへと吹き飛ぶ。
「あつっ!」
火傷をしたような感覚を左手のひらに覚えたマーサーは。
思わずその手のひらを確認する。
何故だか、手のひらには真ん中から二分するかのように鈍く光る手相のような線が入っており、そこはまだ少し熱を帯びていて。
「何だろこれ? いつのまに?」
初めはディーネ・ドラコに噛まれでもしたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
しばらくすると光は収まり熱も逃げていく。
しかし、手相自体は消えずに残っていた。
「うにゃ~」
再び起き上がってくるディーネ・ドラコに気がつき、マーサーは慌てて身構える。
そして、ディーネ・ドラコと目が合う。
「うにゃにゃっ!」
しかし、いきなり情けない声をあげたかと思うとディーネ・ドラコは隅に縮こまって震えだしてしまった。
「え、えっと」
「やめてくだしゃーい! ぼくは食べてもおいしくないでしゅよー!」
随分と可愛らしい声で、ディーネ・ドラコは叫ぶ。
「うわっ、しゃべった?」
いきなりの豹変振りに思わずマーサーは声をあげてしまった。
一般的に人語を介するようになるのは、中位以上の『人型』の魔精霊とされていて。
まさかディーネ・ドラコ……『獣型』の魔精霊が喋るとは思いもよらなかった、というのもあるだろうが。
「うに? なんだ、ただの人間じゃないでしゅか」
「……まあ否定はしないけど、いきなり襲かかってきてその反応はどうなんだろう?」
「うにぃ? そんなことした覚えないでしゅよ?」
何故そのようななことをする必要があるのです?
とばかりにディーネ・ドラコは首をかしげる。
その澄んだ薄青のくりくりとした瞳は先程とは違い、明確な自我を持っているようだった。
「ん? これ何だろ?」
マーサーは、正気に戻ったらしいディーネ・ドラコを気にしつつも。
その足元に、小さな虫のようなものがひっくり返っているのを目ざとく発見した。
「うにゃあ! この虫でしゅ。さっきガイコツのオヤジに喰わされた虫でしゅ!」
「ガイコツのオヤジ?」
「そうでしゅ、いきなり現れてどこかへ連れて行かれたと思ったら、このマズイ虫をくわされたんでしゅよー! ……うに? それでここはどこでしゅか? おうちにかえるでしゅ」
そこまで言うと、とてとてとディーネ・ドラコは歩き出すが、すぐに振り返って。
「おうちがどっちにあるか分かりましぇん~」
マーサーをつぶらな瞳で見上げ、うにうに鳴いた。
「家ってどこだい?」
ここであったのも何かの縁だろう。
彼、あるいは彼女を故郷に届けるのも吝かではない。
ついでに、自らに起こったことが何か分かるかもしれないと思い、マーサーはとりあえずそう聞いていた。
「ユーミール山の川の近くでしゅ」
「ユーミール山だって? ここはユーライジアだよ? 大陸一つ分違うじゃないか」
「うにぃ、どうすればいいでしゅか?」
「ど、どうするって……。とりあえず人のいるところまで行かないと。僕も迷子みたいなもんだからさ」
「じゃあ、ぼくも連れて行ってくだしゃい」
「まあ、いいけど。あ、そういえば君名前は? なんて言うの?」
「人の名前を聞くときは、自分から名乗るものでしゅよ?」
可愛さ余って、というやつだ。
言っていることが的を射ているから尚更腹が立つというかぐうの音も出なくて。
「僕は、マーサー・ヴァーレスト。見ての通り冒険者見習いのただの人間だよ」
「誇り高き【水(ウルガヴ)】の魔精霊、ディーネ・ドラコのディノでしゅ」
そう言って、ディノは胸を張る。
「誇り高き、ねぇ。その割には、さっきモブな僕を見てぶるぶる震えていたけど」
「何か言いましたか、マーサーしゃん?」
「いや、なんでもないよ。それじゃあ行こうか」
ちょっぴりエラそうなところはあるけれど悪いやつではなさそうだ。
マーサーはそう思い先を促したが。
しかし別れはあまりに唐突にやってきた。
(第11話につづく)
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