【卯月転生】

これはカクヨムに住むひとりの底辺作家の物語。




「これはどういうことだ?」


 神の『使徒』の不意打ちだった。卯月がかKAC2024なるある神の主宰する祭りに浮かれていた頃、その魔の手は忍び寄っていた。


 混乱する卯月を嘲笑いながら、『使徒』は神より与えられし権能によりその力を行使する。


『蛆虫よせいぜい抗うがいい【全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ】! お前が生きていられるのもあと【三分】。己の罪を悔いて死ぬがいい」


 こいつは何を言っている!?


「もしや、星。星に関する禁忌に触れたからなのか……」


『これは神の記した聖典に記載されておるぞ、貴様の抗弁など聞く耳もたぬわ。フッ、また今年も馬鹿な人間がおったの』

 

「いや、星は俺たち人間が自由に使うことができるこの世界の贈り物。尊敬すべき他者の偉業に贈ることができるのではないか?」


『それを己の利のために悪用する人間が後をたたぬからの。神もそれを憂えておられるのだ』

 

「なら何故、行使に制限をつけないんだ。あの祭りの前に注意を喚起するとか、いろいろやりようがあるだろ! 神ならそれくらいのことできないはずはないんじゃないか?」


『フッ、愚かであるな人間。貴様はこの世界で我らに生かされておる身。いつから我らと対等であると勘違いしておった。それにこの世界の維持の為には、星の行使を厳しくするといろいろと不都合なことがあるでの。それくらい察せい!』

 

「なんて理不尽な……」


『聖典を隅から隅まで読み込み記憶しておらぬ貴様の非。言い逃れはできぬ』

 

 襲いかかるバッファロー、アメリカバイソンの群れに削られる卯月のLIFEは底をつきかけていた。糞っ! 神なら自ら詳細を確認すれば悪意ある行為ではないことなど分かるだろうに。


 卯月の脳裏にはこの世界に転生してからの楽しかった日々が、走馬灯のように浮かんでは消えていく。


 卯月は覚悟を決めた。


 このままこんな暴力に屈するならば、尊厳ある終わり方を。


「ステータスオープン」


 浮かび上がる半透明のウィンドウ。俺はそれを操作し『禁呪』であるボタンに触れ自死を選んだ。



「ん? ここは……」


 ぼんやりする頭。だんだんと意識がはっきりしてくる。


 そうか、俺は敗れたんだな……。


 だが、ここはあの世のようには見えない。そこには中世ヨーロッパ風(ナーロッパ)の建物やエルフやドワーフ、モフモフな獣人さんたちの姿は見えない。たしか俺は美少女に転生してチート能力を駆使して魔王を討伐して、ざまあな悪役令嬢の……。


 いかん記憶が混濁している。いまのは俺の歪んだ妄想だった。


 目の前にはありふれた日本の地方都市の景色が広がっている。いつもの駅前だ。行きつけの安くてモーニングが豪華なカフェの大きな窓ガラスに写るのは、冴えないおっさんの姿だった。


「ううっ、家に帰ろう」


 卯月は通り慣れたいつもの帰り道をとぼとぼ歩く。通り過ぎる人たちは皆楽しそうに笑っていた。


 あ、あれ?


 家が無い……


 ああ、『禁呪』で自分から存在を抹消したんだったか。卯月の目の前には昭和の時代によくあったような空き地。ドラム管とかあるし。青いネコ型のロボットとメガネの男の子がいそうな雰囲気だ。


 はあ……


 俺の居場所は本当に無くなってしまったらしい。


「どうかなされましたか?」


 振り返ると綺麗な卯月好みのお姉さんが声をかけてきた。


「は、はい」


 あれ? こんなところに不動産屋なんてさっきまであったか。外観から全国にチェーン展開してそうな賃貸物件を多く取り揃えていそうな不動産屋だとわかる。お姉さんはそこのスタッフのようで店舗の前の掃き掃除をしていた。


 そこからは当然の流れ、【住宅の内見】に。なんか既視感しかない。


 内見を担当してくれたのはあの可愛らしいお姉さんではなく、ウチミさんというマッチョなオジサマだった。


「内見担当の内見だ。よろしくな兄ちゃん」


 言葉遣いが甚だおかしくないか? 兄ちゃんって……。スーツは着ているが、こいつ絶対冒険者ギルドにいる新人の面倒見のいいベテランBランク冒険者だろ。白い歯がなんかムカつく。


「は、はい」


 卯月は何がなんだかよくわからないまま筋肉ダルマに拉致られて、ボロアパートに連れられていく。


「ここが、兄ちゃんにはピッタリの物件だな。何と家賃も敷金も礼金も無料、すげえだろ」


 胡散臭いことこの上ない。100%訳あり物件、いやそれ以上のナニカだろ、これ。


 残念なことに美少女の幽霊さんや特級呪霊が出てくることはなかった。もちろん『大丈夫僕最強だから』の人も。


「じゃ、契約成立だな」


 気がつくと卯月は怪しげな契約書にサインを済ませていた。おいおい、これはアレか? 精神操作系の魔法か何かによるものなのか。このマッチョな内見さん、剣士やタンクと見せかけての魔法職だったのか、油断した。


 クーリングオフを申し出る前に彼はおれに部屋の鍵を握らせると、逃げるように俺を残して走り去ってしまった。契約即入居可能って……


 俺は何も無いフローリングの部屋の中央に座り込む。


「何なんだよ、もう……」


 呆然とする俺。ポケットからタバコを取り出し火をつけようとしたが、思いとどまる。いかんいかん、ベランダに出ないと。


 洗濯物はちゃんと干せそうだ、日当たりは悪くない。


 そう呟く卯月の視界の端に黒い影が。


「ひっ!? ん? なんだネコちゃんじゃないか」


 ベランダの排水口の脇で黒猫がつまらなそうな顔をしてこっちを見ていた。飼い猫だろうか? ペットOKとか聞いてないんだが。どこからか忍び込んだのか。


「はーい、ネコちゃん。こっちおいでぇ」


 動物好きの卯月は無意識に手を伸ばした。


「痛えっ!」


 カウンターの猫パンチを喰らった。


「わたちに気安く触るんじゃないの。この駄目底辺作者、わたちに触れられるのはわたちに認められた人間だけなのにゃ」


「げっ、猫がしゃべった!?」


「そこら辺のネコちゃんと一緒にしてもらっては困るの。わたちは女神さまなのにゃ」


「め、女神さま!?」


 その後すぐに俺は元の世界に今とまったく同じ姿で転生(転移?)したのだった。



 了

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