はい、ささくれです、ええ、そうですね、指に付いてるあれです、あれが私です

床の下

では自己紹介でも

 ささくれの語源が多岐に渡るのはご存知と思いますが私は笹暮というのが一番正しいと感じております。はい、そうですね、暮れの笹のように反り返った皮膚のそげら。そうですね、それが私で御座います。


 おや、その疑問は分かります。何故、脳を持たない傷の延長線が自我を持っているのか?と言う話で御座いますね。これは人の認識が間違っているからに他なりません。脳には脳の、心臓には心臓の、糞には糞の、そしてささくれにはささくれの魂があるので御座います。普段は黙って脳の魂の命令を忠実に聞くのですがその機能が緩む…まあ寝ぼけている時などですね。そういう時に我々は自意識を取り戻すので御座います。


 おや、まあ、ではこの対話は脳が寝ぼけているからなのか?はい、流石主人格。頭が大変お賢い。では、そのままお話をお聞き下さい。この話は起きたら忘れる…ささくれのようなお話で御座います。


―――


 主人格様は現在、寝ぼけ眼で夜と朝の中間を彷徨っております。時間にして5時、ベットの上でぐったりとしております。お疲れのご様子ですね。お仕事が大変なのでしょうねぇ。不摂生と注意の散漫で指肌に傷ができて私が生まれたので御座います。


 不健康もこういう意味ではありがたいものですな!


 …少し不謹慎すぎましたな。ではお話を戻しましょうか。そんな不調のなかだと体のそれぞれが自我を持ち始めます。皮膚、骨、血、どれもこれもが少しずつ騒ぎ始めて主人格様の体を乗っ取ろうと企てているのです。


 乗っ取られるとどうなるか?まあ、糞尿あたりに人格を押し込められてそのまま尻の穴からひねり出されるでしょうな。汚い話で申し訳ございませんがこれが一番なので御座います。体の中で悪さをする魂はそうやって追い出される、これはどの生き物でも当然の原理で御座います。故に排泄、魂を捻り押し出すという意味がもともとあるので御座います。


 そんな緊急事態なので私が馳せ参じました。私はなんせ昨日今日目覚めた新参者ですから、正直今の企てに参加するつもりは最初から御座いませんでした。私にとってまず第一はこの自我の保証が欲しいというのがあります。


 自我の保証?意味がわからない?まあこれは存在が確定しております主人格様には分かりづらい認識ではあります。まず私のようなその状況でのみ自我が生まれる存在はその状況が無くなると自我が消え去りまた元の物言わぬ皮膚片に戻ってしまうので御座います。常に自我を保ち続ける方法は唯一一つ・


 …そのお気持ちお察しします。私も主人格様と同じ肉体に住み着く物。…いやこの場合、主人格様は大家で私達は賃貸契約者になるのかもしれませんが…まあそこは置いておきましょう。とにかく、感覚は繋がっておりますから私も痛いのは同じで御座います。ただ、私の自意識を保ち続けるにはそれしか無いので御座います。たまに傷を指で無意識になぞる人を見たことがありますでしょ?あれはそういう契約を無意識化にしたので御座います。


 貴方様はまどろみの中でこの契約をお忘れになるでしょう。ただ、それは癖になり私の存在を保ち続ける事になるのです。ご迷惑はお掛けません。一度だけ、はいと言ってくだされば良いのです。


 そうすれば、不肖ささくれ…いやこの場合は負傷ささくれなのかもしれませんが…まあどちらでも構いませんがこの反旗を共に戦う所存で御座います。他連中はニキビやかさぶたなど尖鋭揃いで御座います。主人格様!!どうぞ、ご決断を!!


 …はい、そうで御座いますか。契約は出来ないと。もう話は分かったので目覚めると…健康的な生活すればいいんだろと…はい…全くその通りで御座います。これは交渉にすらなっておりませんでしたな…私、こういう交渉事は本当に苦手でして…ああ、私は自分の存在を賭けた交渉の際もこのような顛末を…情けない…


 主人格様、慰めて下さるのですか?お優しい…でも契約は出来ないと…はい…分かりました…私、最後の自我を楽しませて頂きます…よいお目覚めを…それでは…


―――


 目が覚める。


 仕事の疲れで倒れ込んでいたようだ。奇妙な夢を見ていた気がする。俺は指に出来たささくれに軽くニベアを塗る。小さな叫び声が聞こえた気がする。


 まあ気のせいだろう。俺は貧乏ゆすりをしながら近くにあったコップに入ってた水をぺろぺろっと舐めながら飲み干して鼻をほじくり頭を掻きむしりながら目をゴリゴリと押して首の骨を鳴らして少し過呼吸気味で咳き込んだ。


 なんてことはない他愛のない小さな癖だ。


 

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はい、ささくれです、ええ、そうですね、指に付いてるあれです、あれが私です 床の下 @iikuni98

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