幕間「魔人レディオールの一日」

 ディルが体調を崩していた日、平和を愛する魔人レディオールは朝から城下町を散策していた。

 レディオールは近衛兵の訓練にこそ参加していないが、肩書きは一応魔王近衛兵である。


「ああ、空気が気持ち良いな。ここは本当に素敵な場所だ♪」


 まだ朝早く、城下町は閑散としている。まだ閑散としてはいるが、この穏やかな雰囲気はレディオールの好みにハマっており、とても満足そうに歩いていた。


「あれは果物屋か」

「お兄さん、一ついかがかな?」

「それじゃ、買っちゃおうかな」

「まいどー!」


 フルーツを一つ買い、それを食べながら笑顔全開で散策する。ちなみにお金はガネシャから貰っている。

 かつてレディオールが長い眠りにつく前に生きていた環境では考えられなかった時間なのだろう。

 それを噛み締めながら、柔和な笑みを崩さずに歩いていた。この穏やかな時間がいつまでも続くと良いなと願いながら。


「僕の理想がここにあるんだなぁ……」


 だから、せっかく手に入れたこの環境は必ず守り切ろうと心に決めている。

 血は苦手だが、この平穏を脅かすものならば血を流してでも排除する覚悟もできているのだ。

 これは決して冗談で言っていたのではなく、本気であった。


「さて、どこか景色の良いところでも探すとするかな〜」


 再び散策を開始するレディオールであった。




◇◆◇◆




 昼下がりまでレディオールは城下町を歩き続けた。

 昼食にはサンドイッチを購入し、現在は食べる場所を探している最中だ。条件は景色が良くて静かな場所だ。

 ちょうど昼食時であるため、城下町は人が増え始めていた。


「兄貴がダウンとはなぁ……」

「びっくりだよね」

「あー! ミィ、あれ食べたい!」

「わかったよ。行こうか」


「子連れも多くて平和だねえ〜♪」


 穏やかな気持ちでレディオールは歩き続ける。

 そして、とうとう城下町の大通りを抜け、小高い場所へと辿り着いた。


「わあ、良い景色だ。ここにしよう」


 早速サンドイッチを食べ始める。初めての味に感動を覚えているのか、その表情は驚きと幸福に満ちている。


「食事も美味しくなっているなぁ……理想郷だよ、ここは」


 先ほどまで歩いていた大通りから少し遠くの山々までを見渡せる絶好のポイントであった。


「あとはディル君とも遊べたらいいんだけどな〜」


 遊ぶというのは手合わせやら散策やら全部をひっくるめている。

 自分の力試しということでディルの結界は一度くらい破りたいと考えている。

 もちろん、流血沙汰は苦手であるため、あくまで結界ワンパンチャレンジのようなものだろう。

 しかし、ディルは本日寝込んでいる。そのことをあとから知って残念がるのは別の話だ。


「サンドイッチはとても美味しかったな。また食べよう……よし、もうちょっと歩いてみようかな」


 ここは初めての地であるため、少しでも早く慣れるため昼食後も散策を続けることにした。




◇◆◇◆




『なぜそれだけの力を持ちながら俺たちに手を貸さない?』


 穏やかに暮らしたいだけで、血が見たいわけではない。それどころか血は苦手なんだ。


『何が平和だ。殺戮の中にいることこそが本分だろうに』


 誰がそんなことを決めたのだろう。殺戮は憎しみしか生まない。もっと楽しくみんなで手を取り合うことできないのだろう。


『お前は俺たちと同類なんだよ。願っても手に入らないものがあることを理解しろ』


 願うことの何が悪いのか。少なくとも、笑いながら殺戮を繰り返すお前たちよりは遥かにまともだと思っている。


『もう、この世界はダメだ。僕には変えられなかった』


 レディオールは嘆く。血に塗れた日々など望んでいない。

 敵意がなくても殺されそうになるし、自分を見るだけで人々は恐怖に顔を歪める。

 同じ魔人には頭のおかしいやつだと思われているし、何を訴えても聞く耳すら持ってもらえない。


『封印魔法』


 レディオールはとある洞窟の奥深くで自分自身な封印魔法を施した。

 一生目覚めないかもしれない。それでも、この世界を生きるよりはマシだと思った。

 逃げ出すことは悪くない。どんなに努力をしても変えられないことがある。

 だから、レディオールはそれを察して努力をやめた。もう、逃げることにした。




『はあ、久しぶりに目覚めた……』


 いつぶりかはわからないが、目を覚ましてしまった。


『強い人はいないかなぁ〜』


 第一声は魔人としての本能からだ。レディオールは力試しは好きなのだ。もちろん、血が流れるようなことはしないが。

 そして彼は『知らない女神の加護を受けるディルの魔力』を感知し、そこに向かうことにした。




◇◆◇◆




「え、ディル君、体調不良なの?」

「そうだ。だから手合わせはできんぞ。休ませてやれ」

「そっかー。残念……それじゃ、僕も休むことにするよ」


 決して無理強いはしない魔人である。


「それと、手合わせは午前中にするように。ディルも午後は色々動きたいみたいだからな」

「そうなんだ。わかったよ♪」


 ガネシャからディルの状態を聞いたレディオールは残念そうにしながら、自室へと戻っていく。

 明日はまだ散策がしたい。だからディルには明後日にでも声をかけてみようと決め、今日は休むことにした。


「よーし、おやすみ〜」


 レディオールはこれまで感じたことのないような多幸感に包まれて眠りについた。

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