【KAC4】謎の細菌、その名も「ささくれ菌」

達見ゆう

第1話 サイドA〜ユウとリョウタ〜

「うー、またささくれができている。うっとうしい」


 僕が手のささくれを爪で取ろうとしたら妻に止められた。


「だから手で取るな、リョウタ。雑菌が入って腫れるから爪切りで切れ」


「ありがと、ユウさん」


 妻が爪切りを差し出してきたので、それでささくれを切るが、なかなかうまくいかない。


「しっかし、なんでそんな菌を研究してたのだろうねえ、誰得なの」


「さあ? 何が役に立つかわからない世の中だからな」


 妻は元々荒れ性だから対策には手慣れている。しかし、僕はそんなのと無縁だったから微妙にイライラする。全ては国のせい……いや、国の研究所のせいである。


 数日前に速報が流れ、バッファローの群れに襲撃された国立某研究所から研究中の細菌が流出したという物々しいものであった。しかし、症状は手にささくれができやすくなるというだけで、命には別状無いとのことだった。


 僕を含めて世間の反応は当初こそ身構えたが、続報を聞いて「命に別状無いならいいや」とコロナ禍をくぐり抜けたためか、のんびりしたものだった。


 しかし、数日後にあちこちで感染者達の症状が出始めて来たあたりから雰囲気が微妙になった。何せ毎日ささくれができるのだ。爪で引っぱって取ると痛いし、腫れることもある。きれいにしても翌日にはささくれができている。

 瞬く間にバンドエイドやハンドクリームがドラッグストアから消え、高値で転売される事態にまでなってしまった。


 ただ、コロナ禍と違うのは代用品がワセリンなど沢山あること、素早く政府が転売規制をかけたので大きな混乱は無く、ハンドクリームも普通に売られるようになった。


「あー、なかなか根っこまできれいに取れない」


「ふっ、ささくれのプロからするとまだまだ坊やだな、リョウタ」


「なんか、謎のマウントをされている」


 命に別状は無いとはいえ、僕のように微妙にイライラする人は多かったとみえ、少しずつ研究所に苦情が増え、今やマスコミやSNSでもバッシングされるようになった。

 研究所は急いでゲノム解析などをして対策を練るとのことであったが、そんなすぐに特効薬ができるはずもなく、地味に対策するしか無いのが現状だ。


 指だけではなく、心もささくれるから地味にダメージを与えるウイルス兵器だという怪しい書き込みまで出てくる始末。ツッコむなら細菌とウイルスは似て非なるものだ。これは弟からコロナ禍の時にツッコまれて違いを叩き込まれたので間違いない。


「そんなに文句あるなら直接言えば? リョウマ君はその研究所勤めなんだろ?」


「あのバカ弟がその開発に関わってるか知らないよ。あっちも守秘義務あるから部署まで教えてくれない」


「人のことを滅多にバカにしないリョウタがバカと言うとは。よっぽどささくれ立っているな」


「まあ、あいつがいる研究所ところが原因だから間接的にあいつのせいだ」


「ささくれの大変さを知ったなら、食洗機が欲しいな〜」


「あ、いや、その。それはまた別にしよう。こないだのバッファロー騒ぎの石の代金や焼き肉で出費がかさんで」


 爪切りで悪戦苦闘しながら、僕は話を終わらせた。リョウマの奴め。今度会ったら文句言ってやる。

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