[KAC20244]サウンドブロックの受難?〜異世界オークションの舞台裏〜

のりのりの

第1話 号泣

「ううううっっ。サウンドブロック! サウンドブロック! サウンドブロックだあ――っ!」

「おいおい、相棒……。いい加減に泣き止んだらどうだ?」

「だって、だってぇっ……」


 ザルダーズのオークションハウスで使用されているサウンドブロック(打撃板)はため息をこぼすと、号泣する相棒――ガベル(小型の木槌)――をよしよしと慰める。


 あまりにもガベルがわんわんとうるさく泣くので、収納箱がガタガタと揺れて震えている。


「泣くなよ、相棒……」


 泣き続けている相棒を、サウンドブロックは優しい声であやす。

 自分にすっかり依存しきっている相棒は、なんて可愛らしく、健気なのだろうか。

 こんなに自分を慕って、熱烈に迎えてくれるのならば、二十八日の間、離れ離れになっていたとしても、報われたような気持ちになる。


(ああ……。もっと、もっと、オレのために泣いてくれ……)


 サウンドブロックは満たされた気持ちにどっぷりとひたりながら、ガベルが泣き止むのを辛抱強く待ち続ける。

 子どものように泣きじゃくって、甘えてくるガベルの姿をうっとりと鑑賞する。


 ザルダーズの創始者に買い求められてから長い年月が流れた。

 その間、磨かれ、大事に使用され、艶と深みを増した相棒の姿は、芸術品の域に達している。

 相棒よりも美しい木槌など、この世に存在しないだろう。


「……だって、だって! 新しいサウンドブロックに取り替えるっていう話もあったんだぞうっ! オーナーがベテランオークショニアと話しているのを聞いたんだぞ!」

「へっ――ぇ……」


 ガベルの告白に、サウンドブロックは内心、ものすごく驚いた。まさか、自分が破棄される可能性もあったとは……。それは初耳だ。が、そんな素振りは全く見せない。


「その話を聞いたとき、俺がどれだけ驚いたか……。サウンドブロックはわかるか? もう、毎日、毎日、心配で、心配で……。次のオークションの日が刻一刻と迫ってきても、サウンドブロックは戻ってこないし。もう、二度と会えないかも……って思ってたんだぞ!」

「そ、そうだったんだ……」


 涙声で訴える相棒の真摯な姿を目をすると、顔が自然ににやけてしまう。

 これほど嬉しい告白はない。嬉しくて舞い上がってしまいそうになる。

 サウンドブロックは、飛び跳ねたい衝動を必死に堪える。


 かけがえのない相棒の前では、いつでも沈着冷静。気弱な相棒を心身ともに支え、いかなる打撃にも耐え抜くとても頼りになる唯一無二の打撃板……というイメージを崩すわけにはいかない。


 もっというなれば、大事な相棒のいる前では、つねにクールでいかなる痛みにも屈しない、とても頼もしい唯一無二の打撃板……というイメージを貫かなくてはならない。


 わかりやすくいうと、サウンドブロックは、相棒の前では、世界で一番、カッコいい打撃板でありたいのだ。


「サウンドブロック! な、なんで、そんな他人事みたいなコトを言うんだ! 自分のことなんだぞ! もっと、自分を大事にしろよ! サウンドブロックがいなくなったら……別の奴になったら、俺はどうしたらいいんだ!」

「ちょ……っと、落ち着こうか?」


 ガベルの様子が少しおかしい。

 そういえば、二十八日間もの長い間、互いが離れ離れになったのは、今回が初めてのことだった。


「落ち着く? 落ち着くことなんてできないっ! 俺の相棒はお前しかいないのに、お前は、俺が別の打撃板と仕事をしてもいいんだな? その方がいいんだな? もう、俺なんか必要ないんだな? 二十七日と十八時間二十六分もの間、サウンドブロックがいなくて、俺がどれだけ寂しかったか……」

「えええええっっ! な、な、な、な、なぜ、そんな飛躍した発想になるんだ!」


 しかも、妙に数字が細かい……。


「ガベル! なにを言っているんだ! オレの相棒はお前だけだよ。他の木槌なんて、全く考えられない。他の木槌に叩かれるくらいなら、暖炉の中に身を投じてやる」

「ほんとうに?」

「本当だ」

「うそじゃないな?」

「オマエには嘘なんかつかないよ」


 サウンドブロックの真剣な言葉に、ガベルはほっとしたような笑みを浮かべる。


(ああ……なんて、愛らしい微笑みなんだ)


 サウンドブロックは、泣き止んだガベルをうっとりと眺める。


 洗練された無駄のないフォルムは、握ればしっかりと手に馴染むだろう。

 重くもなく、かといって、軽すぎることもない、理想のウェイト

 美しい木目。ささくれの全くない滑らかな木肌。歳月の経過とともに深みを増した色と艶。泣いたことにより、さらにしっとり感が増している。


 自分を叩くときのガベルの凛々しい姿を想像すると、サウンドブロックの胸はどうしようもなく高鳴る。

 早く! 早く! ガベルに思いっきり叩かれたい。


「もう寝るぞ。明日、いや、もう今日か……。オークションの日だ。前回みたいなコトにならないよう、コンディションはしっかりと整えておかないとな」

「うん。そうだな」


 ガベルはサウンドブロックの言葉に頷くと、ゆっくり身体を動かす。

 その意図を悟ったサウンドブロックもまた、身体をもぞもぞと動かした。


 ガベルとサウンドブロックは収納箱の中でひっそりと身を寄せ合う。


 うとうとと微睡みながらガベルは、明日のオークションのことを考える。


 相棒の規則正しい鼓動を感じながら、ストーンブロックは、先月行われたオークションのことを思い出していた。

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