第3夜 脱出前夜

「呪いって…!そんなの聞いてないよ!?第一、火は私の剣から出てきたのに…!」






紗生は取り乱してエナを問いただそうとする。






「ええ、言ってないもん。…でもね、ちゃんと言う筈だった。ごめんね、隠してて…。後はばーちゃんのところに言ったら詳しく話すからさ」


「ば…ばーちゃん…て?もしかして、死者の森の近くに住んでるあのおばあさんのことですか?」






ラムソスが我に返り問いただす。






「なーんだ、ばばあのこと知ってんの?なら話早いじゃんねぇ。そそ、あのばばーのことだよ」


「はは…は、ただものではないとは思ってたけど…やっぱりあのおばあさんも魔女だったんだ…」


「“も”って何よ“も”って!紗生は魔女じゃないって言ってんでしょ!そしてよくばばあが魔女だって分かったな」


「あ…すいません」






スミレの勢いに気圧されて、ザムザはつい謝ってしまう。






「呪い…呪い…?」






そんな2人を尻目に、紗生は「呪い」という言葉に恐怖を覚えて震えていた。






「そんな…そんなの…誰が…誰が…」


「話は後よ。このままじゃ、またさっきの火に襲われてしまう。その全身の焦げも取れない。この子は連れてくよ」


「世話になったな」


「ま、待って!さっき聖水かけたら炎は消えたじゃないですか!もう呪いは解けたのでは!?」






先ほどの紗生の手の温もりを思い出し、ラムソスが取りすがる。






「聖水?あんなもんその場しのぎにしかなんないわよ。何?この子に愛着がわいたの?一緒にくる?」


「そ…それは…」






ラムソスはたじろいだ。


例え彼女のためだとしても、やはりこの時期に本物の魔女とは接触を避けたいところだ。






「……まあ来たければ来るといいよ。その内そこの牧師の魔女狩りも始まることだし、逃げ方くらい教えてやるわよ」


「ぼ…牧師様の…!?何故それを知って…いや、やはり…!」


「…それじゃぁね。いい、必ず来ることよ。じゃなきゃ牧師だけじゃなく、あんたらの命も危ないから。絶対だよ」






そうエナが言い終わったかと思うと巨大な光が部屋を包み、その瞬間2人は紗生を連れ姿を消した。






「き…消えた…」






あっという間の出来事だった。


3人はようやく静かになった空間に、へなへなと腰を落とした。






「ど…どうなっているの?お姉さんが燃えて…お姉さんの名前は紗生さんで…」


「牧師様は…やはり狙われていて…死者の森の入り口のお婆さんはやっぱり魔女で…僕達の味方で…」


「ふ…2人とも落ち着きなさいっ!これは…これは分かっていたことですよ…!あのお嬢さんもようやっと普通に戻れる…」


「そっ、そんなこと言って、師匠だって腰が抜けてるじゃないですか!」






3人はそう言うと、瞳孔が開きっぱなしのまま30分くらいその場に座り込んでいた。


彼女のこと、妖精のこと、それに本物の魔女がこの村に存在することもあるが、何より自分達の未来に簡単に予想がついて震えが止まらなかった。


これから自分達は捕まるのだ。


そして…焼かれるのだ…長く居座ったこの村に。


しかし待てよ、とラムソスは思いついた。






「あ…あの、2人ともさっきの言うこと本当に信じているの?」






そんなラムソスの突然な質問に2人は、へ?と聞き返す他なかった。






「だ…だって!本物の魔女の言うことだよ!?ううん、それよりもあの妖精みたいのが本当にあの婆さんと知り合いだっていう証拠なんて、どこにもないじゃないか!それに、あの婆さんが本物の魔女だって証拠も!」






「それはそうだけど…でも…」


「私が次のターゲットだということを…どこから…。やはりあの方たちは…」


「仮に!あいつらが本物で!言ってることも本当だとしたら!たっ…大変なことなんだよ…!どっ…!どうすればいいのさ!!」






ラムソスの目から涙が溢れてくる。


身体も小刻みに震えている。


そんなラムソスに触発され、2人も同様に目に涙をためた。






「…お師匠様、魔女のところに…行くべきなのでしょうか…?」






ザムザは涙をためた目で傍らの師匠に問いかけた。


牧師はその問いに困りしばしうつむくと、再び顔をあげ、重い口を開いた。






「…いえ、今の時期それは危険すぎます。それに、相手は魔女で、私達は聖職者です。あの子達の言う事を信じないわけではありませんが、全てを信じきるというのもどうでしょう」


「では…僕達はどうすれば…」


「バーナッシュへ行きましょう」


「バーナッシュ…!」






バーナッシュとは、この教会のあるアガナ国の左上に位置する世界一の大国である。


そこには世界のあらゆる文化、人種が存在し、偉大なる王のもと、この教会の総本山も存在する清教徒にとっては天国のような土地である。


敵対する聖教の総本山であるサンリィナ大聖堂のあるクシャーナ=ハルノイエとは正反対の位置にあり、都合もいい。






「確かにあそこは総本山もありますし、人口の5割を清教が占めているので問題はないでしょう。…しかし、しかしですよ?師匠。このダジオからバーナッシュまで一体何日かかると思っているんですか?それに…死者の森を越えれば…!あの大盗賊のいる森だって存在するんですよ!?いくつ身があっても足りませんよ!僕は反対です!」






と、ラムソスは牧師の案をピシャッと払いのけた。





「しかしラムソス、魔女を信じられるかと言ったのはあなたですよ?他にどんな方法が…?」


「そっ…それは…」


「いいと思いますよ、牧師様。それで行きましょう」






と、ザムザは2人をさえぎった。






「ザムザ!」


「だって牧師様の言う通りだよラムソス…。この村の脱出ルートは、クシャーナに近い南の聖教の多いレントに抜ける道か、バーナッシュに続く死者の森のルートしかないんだよ。今一番怖いのは、盗賊じゃない。聖教だよ。それに、あの森を越えれば清教会しかないピエリがある。行くしかないんだよ、ラムソス」






説得力のあるザムザの言葉に、ラムソスは黙るしかなかった。






「…分かりました牧師様。その通り…。魔女を頼らない方法は、それしかない…分かってます…」






渋々そう言い放つと、ラムソスは今まで動かなかった重い腰が漸く動くのに気づき、腰を上げた。






「そうと決まれば、2人とも、さっさと脱出の準備をしようよ。行動は早いにこしたことはないよ」


「おや、立てる…。そうですね、そうしましょう。では荷物を最小限にまとめ、早朝の日の出にここを出ましょう。さ、ザムザ。君も立ちなさい。ほら」






そう言うと牧師はザムザに手をさしのべた。






「あ…ありがとうございます。わかりました、名残惜しいですがそうしましょう。それでは牧師様、また明日、おやすみなさい」


「ええ、おやすみなさい。2人ともちゃんと起きるんですよ」


「はい牧師様、おやすみなさい」






おやすみを言い合うと、牧師は1階のベッドルームへ、2人は廊下の奥にある自分達の部屋へと戻って行った。


もぬけの殻になった部屋には、窓から月明かりが差し込んでいる。


満ちかけた月が燦然と夜に輝いていた。




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さっきまで自分のベッドを囲んで大勢で話をしていた筈なのに、目線を不意に下へと移動させたかと思うと、


突然視界が暗闇になり、それに戸惑ったかと思うと次の瞬間には蝋燭が数本灯されただけの薄暗い場所へと移動していた。


周りをキョロキョロと見渡し頭上にスミレを確認してホッとしたかと思うと、不意に背後頭上から低い声が降ってきた。






「よく来たな、ファヤウ」






吃驚して勢い良く振り返ると、そこにはギョロ目でシワだらけの、真っ黒なフードつきのマントをかぶった


誰の目から見ても明らかに「魔女だろ」と言える姿をした老婆が紗生を見下ろしていた。






「きゃあ!!」






いきなりの老婆の登場に紗生が言葉を失っていると、頭上に浮いている2人は慣れているといった感じでその老婆に話しかけた。






「婆さん、間違って連れてきちゃったよ。でもいいだろ?結局こうなってたんだし」


「おいばばあ、連れてきてやったんだから何かくれよ」






スミレは相変わらず憮然とした態度だ。


どうやら2人の知り合いらしい。


とすると、ここは2人の住処だろうか?






「はっ、まあ良くやったとは言っておくよ。そこに菓子があるから勝手につまんどけ。エナ、別に謝らんでもええわ。こうなる気はしとったんじゃ」


「え…?このおばあさん…2人の知り合いなの…?」


「そだよー、ばばあっつーんだよ。めんどくせーからばばあって呼んでいーから。なっ、ばばあ」


「まんまじゃねーか。ばばあじゃなくてちゃんと名前あるだろ。紗生、この婆さんはベルデって言う所謂魔女ってやつだよ」


「へ…へえ…。…こんにちは……魔女さん…?」






聞き慣れない言葉に、思わず復唱してしまう。






「ベルデでええわ、ファヤウ。遅くなってすまんの。すぐその呪い解いてやろう」


「ファウ…?え…?遅く……??」






またしても聞き慣れない言葉を復唱する。






「ファヤウ…この国の言葉で〝炎の申し子〟という意味じゃ。お前にはこれが一番しっくりくる」


「あの…私の名前紗生っていうんですけど…」


「ニックネームみたいなものよ。聞き流していいわよ」


「へ…へえ…。あの…遅くなったって…?」


「……なんじゃ、お前ら何も説明しとらんじゃないか。今まで何しとったんじゃ」






ベルデと名乗る老婆は紗生の言葉を聞き流して頭上に舞う妖精達に問いかけた。






「うっせーなー、こっちにだって色々事情っつーもんがあんだよ。そのくれーわかれよばばあ」


「ほんに口の減らんガキじゃの!ふん、どうせ手違いでも起こして牧師にでも見つかって説明すらせんで急いで連れてきたんじゃろ!そのくらい察しはつくわ!!わしはその詳細を聞いてるんじゃよ!!このクソガキ!!」


「どーどー、また血糖値上がるよ?婆さん。スミレも黙ってお菓子食っとけ。…まあ婆さんの察しの通りだよ。でも全然してないわけじゃないのよ?してる間にきちゃってさあ」


「ふん、血糖値を下げる薬飲んどるから平気じゃわい。それよりファヤウ…お前水を飲んだね?」


「え…あ、はい」


「馬鹿な子だよ。ほれ、お前らさっさと準備せんかい。エナ、そこのチョークを取っとくれ」






そう言うとベルデは杖をつきながらカーペットのカーテンの向こうに姿を消したかと思うと、奥から何かを手に戻ってきた。


手に持っているのは、ロザリオと黒っぽい粉が入ったバケツ、それから何やら得体の知れない液体の入った小瓶だ。






「あ…あの、何かするんですか…?」


「ん?だからお前のその焦げを取るんじゃよ」


「えっと…何で?」


「何じゃ、お前そのままでいいのか」


「いえ違くて…。何でそんなことしてくれるんですか?」






紗生の問いにベルデは口元をニヤッと不気味に歪ませると口を開いた。






「ふん、それがワシの仕事じゃからの」


「仕事……?」


「いいからほれ、ファヤウ、ちょっとそこ邪魔じゃからそこの椅子に座っとれ」


「え、あ…はい、ごめんなさい…」






言葉の意味が分からなかったが、とりあえずその不気味な焦げを取ってくれるというので、さっきの「魔女」発言もそうだが


半信半疑で老婆がチョークで床にらくがきをするのを黙って見ていた。


何やらよく漫画なんかに出てくる魔方陣のようなものを描いているように見える。


ひょっとしたら、本当に魔方陣なんじゃないだろうか。






「ね、ねえエナ、このお婆さん本当に魔女なの?」


「ん?そうだよ。見たまんまだっつーのね。もっとひねってもいいのに」


「へ…へえ…。…エナ、魔女なんかといて平気なの…?怖くないの?」


「やっ、別にそんな印象持ったことないけど……どっちかっつーとスミレのが凄いし」


「へ??」


「やっ、見てれば分かるって」


「ふ…、ふうん…。ところで、あれはもしかして魔方陣とかいうもの…?」


「あ、うんそうそう。よくわかってんじゃん。何で知ってんの…って、出来たみたいだよ」






出来上がったと思われる魔方陣にベルデはバケツの中の黒い粉をまくと、紗生を陣の中に手招きした。






「出来たよ。ファヤウ、こっちへおいで」


「あ…はい」






これからされることに不安を覚えつつも、紗生は陣の中に入った。


ベルデに首からロザリオを下げられると、ベルデは陣の外に出て、合掌し何やらぶつぶつと唱え始めた。


これが呪文ってやつだろうか。






(何か怖いな…。やっぱり喋ったりとかしちゃダメなんだよね)






5分ほどそれが続いたと思うと、テーブルの上で菓子を食っていたスミレは暇を持て余しあくびをついている。


エナもエナで暇そうにリンゴの上に腰を下ろし、ぶらぶらと脚を動かしている。


10分ほどたつと、ようやくベルデの呪文の詠唱が終わった。


これで終わりだな、と紗生がホッと胸を撫で下ろすと、今度はいきなり先ほどの小瓶の中身を頭からぶちまけられた。


冷たい。






「つっ…つめたっ!!」


「黙っとれ小娘!!」






そう一喝すると、ベルデはまた呪文の詠唱を始めた。


またか、とうんざりしたその時、不意に足元の魔方陣が光を帯び始めた。


その光景にぎょっとすると、光は強さを増し同時に何やらしゅうしゅうと音を立てて体から煙のようなものが上がっている。






「け…煙!?」


「紗生、髪が!!」






スミレの一声に驚いて背中まである髪の毛を見下ろすと、何と髪の毛が毛先の方から溶け始めている。






「きゃ…きゃあああああああ!!!!!」


「黙っとれというに!」


「だっ!だってお婆ちゃん!髪が…!髪が…!」


「大丈夫じゃ、黙っとればすぐ終わる!別にツルッ禿になるわけじゃないんじゃから!」






そういう問題ではない。


だがまた怒鳴られるのもなんなので徐々に溶けてゆく自分の髪に恐怖を覚えながらも、黙って溶けゆく様を見つめていた。






5分もしない内にようやっと詠唱が終わった。


それと同時にようやっと髪の毛の溶けるのも止まったようだ。


気がつけば背中まであった髪の毛がいつの間にか肩よりも少し高い位置まで溶けていた。


折角伸ばしたのに…と紗生は悲しくなる。






「よし、大分髪が短くなったようじゃが…良かったの、焦げが完全に取れたな」


「えっ本当!」


「ああ、そこに鏡がかけてあるから見てみればええ」






そう言われると紗生は髪のことなど忘れて急いで入り口の横にかけてある大きな鏡に向かう。


さっきまでガサガサしていた肌が、元に戻っている。


手も足も、元に戻っていた。






「よ…良かった…、一時はどうなるかと…」


「良かったねー、紗生ーぃ」


「うん、ありがと…あ、あの…そういえばここはどこなの?さっきまで牧師様達と話をしていたよね…?」


「え、聞いてなかったの?」


「うん」


「だからね、話の流れですぐに紗生を治療することになって、んでもってここはばばあの家な」


「いつの間に移動したの…?あたしまだあの人達に挨拶してないし…」


「おめーホント聞いてなかったのな」


「瞬間移動ってやつだよ。あたし1人じゃ紗生を移動させんの難しかったけど、スミレもいたからね。ついでにあいつらとは近いうちに会えるから大丈夫だよ」


「そっか、それならいいんだけど…。それで、私は今度はここに泊まればいいの?」


「時間がないんじゃ、夜中までお前には話しとかなきゃならんことが山ほどあるからね。先ずは飯を食って風呂に入ってもらって、それからじゃな」






(お風呂あるんだ…)






3人には悪いがこの暗がりの家に風呂があるとは到底思えない。


だが良く見ると、狭い部屋にかけてあるカーペットの向こうにはいくつかの部屋への入り口が見える。






「話しておかなきゃならないこと…?そういえば〝迎え〟って…それに異世界って…」


「出来る限りのことは話してやるわ。お前の今後も関わってくることじゃ。とにかく、さっさと風呂入って飯を食え。


 話はそれからだ。スミレ、エナ、案内してやりな」




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風呂はお世辞にもとても綺麗とは言えないが思っていたよりは綺麗で、出された食事も先ほどまでは全然咽喉を通るどころか食欲すらわかなかったのにすんなりと食べれた。


それにちゃんと美味しかった。


一通り食べ終わると、スプーンを置き気になっていたことを早速聞いてみた。






「あ…あの、ここはどこなんですか?私は死んでるわけじゃないんですよね?でも言葉はちゃんと通じるし」


「何じゃ、わしゃまだ食い終わっとらんわい。…まあええ、気が気じゃないだろうからの。エナ、隣の部屋にある地図取ってきとくれ」


「婆さん、あんなでかいのあたしじゃ取ってこれないよ」


「瞬間移動すればええじゃろ」


「…めんどくさがってないでそんくらい自分で取りに行きなよ。あんたには軽いだろうが」


「ふう、めんどくさいの…どれ、ちょっと待っとれ」






ベルデは重い腰を上げると、おもむろに絨毯の向こうからテーブルくらいの大きさの地図を持ってきた。






「これを見ろ」






広げられた地図には、明らかに自分のいた世界とは全く別の世界が記されていた。






「ここは…どこなんですか?」


「ここか。ここはな…ほれ、この国じゃ」






指の指し示した場所は、英語のような文字で「アーガナ」と記されていた。


地図の真ん中には巨大な1つの大陸と、その周りに細々とした島が記されているだけだった。


アーガナはその大陸の最東端に位置するようだ。






「アーガナ…?」


「違う。アガナじゃ。ほう、どうやらお前のいた世界の文字に似ているらしいの」


「あ、ええと。私の国の言葉じゃないんですが。世界で一番一般的な言葉です」


「ふむ、読めるなら問題はないじゃろ。言葉がちゃんと伝わっとるのは意味不明じゃが…」


「日本語じゃない…ですよね?」


「日本語?何じゃそれは。これは列記としたアガナ語じゃよ。」


「アガナ語…何で分かるんだろ」


「知るか。これまでお前の世界から来たもんを何人か見たことがあるがそんな例聞いたことないわい。全員意味不明な言葉を喋っておったぞ」


「!私の他にもいるんですか!?ここの人間じゃない人が!!」


「ああ、いるの。一番近くじゃと…こいつらの住処におるの」






ベルデはエナとスミレを指差した。






「スミレ達の住処…?どこにあるの?」


「ここの近くだよー。あの森のねー、中にあんのー」


「森の中…」






スミレが指差した先には薄暗い森の入り口が窓から覗いていた。






「熊とかいそうだね…」


「熊。まあいるけどな。狼もいっぞ」


「お…狼!?怖っ!」


「あははは!まあまず食われることはねーがな!あたしらちっこいから。飛ぶし」


「あたしは大丈夫じゃないよ…やだな、会いに行きたいけど…怖いな」


「会いたいか」


「そりゃそうですよ。エナ達がいてくれるからまだいいけど…この世界に私の知ってる世界を1つも知ってる人がいないなんて…」


「まあそりゃそうだろうの。まあすぐに会えるじゃろ」


「本当ですか!」


「ああ、すぐにの。じゃがお前にはやることがある。それをやってからじゃ」


「やること…って、一体なんなんですか?」


「お前にはあの小僧らを助けに行ってもらう」






予想外な言葉だ。






「えっ…?」


「さっき会ってた小僧らじゃよ。会ったんじゃろ?弟子が2人おった筈じゃ。あいつらを助け出してもらう」


「助け…え?私が?何で…」


「馬鹿かお前、この老体でわしが出来るとでも思っとんのか」


「いやええと…、助けるって…あの2人に何か危ないことでも起こるんですか?」


「だから生贄だっつったじゃん」


「あ、そうか…。そっそうだった!え、でも標的は牧師様じゃないの?」


「出来れば牧師も助けたいがの。あやつはこんなへんぴな村におるのが勿体無いくらいの器の持ち主での。じゃが助けられるかどうか…」


「そんな…なんとかならないんですか?私も出来ることは手伝いますから…。助けてもらったんですよ」


「ふむ、そこらへんは伝えてあるのか?お前ら」






2人の妖精に問う。






「ああ、話せたよ。でも来るかどうか…」


「来るだろ、流石に。脅しといたし」


「脅っ!?!?ま…まあ、そんくらいせんと駄目か…。牧師を助けられるかはあやつらにかかっておる。ワシが言っとるのはこんかった場合じゃ」


「はあ…」


「時間がないんじゃ、しごきたいところじゃがそれなりの力を貸してやる。明日その対策を練るぞ」


「しご!?!?な…何をするつもりですか!?」


「お前剣を使えるじゃろ」






彼女は実家の剣術道場で剣道を習っている。






「え、あ…はい。よくご存知で」


「この杖を剣に見立てて振ってみな」






そう言うとベルデは自分の持っていた杖をテーブルの上に置いた。


紗生はそれを受け取り、言われた通り席を立って剣道の型を振って見せようとした。






が、予想を覆し思うように杖が振れない。


杖が重い。


何より足元がふらつく。






「あ…あれ?」


「お前、何日寝たきりだったか知っているか」


「えっと…2日くらい…かな?」


「20日じゃ」


「20日!?!?そ…そんなに…!」


「正確には23日間。そんなに寝ていたお前が戦力になるか。ならんだろ」


「そ…そうですね…。20日…。でも、さっき会ったばかりなのに何で知って…」


「ワシは魔女での。所謂霊感というもんが人より優れていての、お前の尋常ならざる気がこの村に現れた時感じ取ることが出来たんじゃよ」


「霊感…ですか。えっ…、私が?尋常ならざる気を…?」


「お前には何かある。それが何かは分からんが…まあとにかく話だ。話をせねば。何が聞きたい」


「あ…はい。そうですね…あ!あの、私の弟達を知りませんか?あと兄と祖母と母が…一緒にいたんですけど…」






また泣きそうになる。






「弟の…ふむ、どれ。見てみるか…ちょっと待っとれ」






そう言うと今度はエナに頼むでもなくベルデは席を立ち絨毯の向こうに何かを取りに行った。


戻ってくると、手には占い師やらがよく持っているような水晶玉を持っていた。


どうやら部屋の1つは物置部屋らしい。






「水晶…それで見れるんですか?」


「うむ。まあ見とれ」






そう言ってベルデが目を閉じテレビで見たことあるように水晶玉に手をかざすと、少しずつだがぼんやりと水晶玉が光りだした。






「わあ…すごい」


「見えてきたぞ」






覗いてみるとそこにはぼんやりと陽炎のようなものしか見えないが、ベルデには確かに見えているようだった。






「何も見えないけど…」


「ワシにしか見えんよ。というか分からん。ふむ、近くに1人いるね…」


「本当ですか!」






かげっていた表情が急に明るさを取り戻す。






「近くって…どこですか!?この村ですか??」


「この村じゃない。この森の中じゃな」


「また森の中…やっぱり行くしかないのかなあ…やだな…」


「この村の脱出口は南のレントに向かう道か西のバーナッシュへ抜けるこの森しかない。


 しかもレントは今魔女狩りが流行っとるからの、行かん方がええ。となったらこの森しか抜け道はないわな」


「そ…そうなんですか…。魔女狩り…。あの、ベルデさんは大丈夫なんですか?そんな怖いことが起こって…」


「ワシか。ワシは大丈夫じゃよ。この部屋の奥に抜け道があるからの」


「抜け道…!凄いですね!どこに続いてるんですか?」






紗生の頭の中には忍者屋敷のようなものが浮かんでいた。






「こいつらの村じゃよ」


「スミレとエナの…?」


「うむ。ひとっとびじゃ」


「ひとっとび!?」


「魔方陣があんのよ。この奥に」


「す…凄いね、魔方陣ってそんなことも出来るんだね」


「同じ魔方陣があるとこにしか飛べないのが難点だがの。そうじゃ、言い忘れとった。この森の中にいるのはお前の知り合いなのは確かなんじゃが…お前の家族ではないようじゃな」


「家族じゃ…ない?あ、そういえば愛ちんとかカルミんもいたな…。誰だか分かりますか?」


「知らんよ。見たことないもん」


「もんっておめー、ばばあキメェよ」




スミレのつっこみがベルデに入る。






「あはは。…そうですよね、分かんないですよね…」


「だが女なのは確かじゃな」


「女…!!愛ちんかカルミんだ!!」


「誰?友達?」




とスミレ。






「そう!あたしの友達!良かった…もうすぐ会える…」


「そっかぁ、良かったねぇ!」






紗生の顔色は満面の笑みとともにみるみる良くなっていった。


教会のベッドで寝ていた時とは雲泥の差だ。






「良かったの、ファヤウ。ところでもうええかの?そろそろ眠いんじゃが…」


「あ、はい…あ、私は何で〝ファヤウ〟なんですか?」




「それはの………お前が、最も希少価値の高い炎の使い手だからじゃよ…」




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「眠れないの?ザムザ…」






窓からの月の光に溢れる廊下に、きいっと扉の音を立ててラムソスが自室から顔を出した。


眠れずに窓の外を見つめるザムザの姿がある。






「うん…怖くてさ」


「そうだよね、怖いよね。…いよいよ明日なんだね」


「そうだね。村の人とかお姉さんにもう会えないのは辛いけど…」


「何言ってんのさ!僕らを聖教に売ったのは村の人達だよ!?僕ら裏切られたんだ…」


「そうだけど…やっぱり僕はちっちゃい頃からこの村にいたから…」


「……我が師と兄弟子は桁違いのお人好しであらせられる」


「そんなことないよ!」


「そうだって。未練なんか残したらザムザ、死んじゃうよ?余計な感情は捨てることだよ」


「分かってるよ…」


「お姉さんには魔女の婆さんの家に行けば会えるね」


「そうだね。でも…行くの怖いよ」


「まあ僕も行きたくないけどさ。でも、いつかまた会えるといいなあ…」


「好きになったの?あのお姉さんのこと」


「ちっ!違うよ!ザムザの馬鹿!!」






どうやら自分に気があることに全然気づいていないらしい。


らしいと言えばらしいのだが。


ちょっと寂しい。






「そうだよね、年が離れてるし」






(そういう意味じゃないんだけどな…)






そんな話をして2人は部屋に戻ることにした。


見慣れた人達もそうだけど、見慣れた住みなれたこの教会にもお別れを告げる意味で出来るだけ長い時間いつもと同じベッドで寝る事にしたのだ。


でもやっぱり寝れそうにないので、2人で同じベッドに寝る事になった。


2人はラムソスのベッドに入ると、同じタイミングで一緒に目を閉じた。


明日の脱出の成功を祈りながら…。

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