物集女と物部
オカルト研究部。
この部屋の中には、薄暗い灯りが周囲を照らしている。
複数の蝋燭に火が灯っていた。
椅子に座る彼女、物集女美夜古は、指を器用に動かしながら口から呪文を放つ。
すると、彼女の周辺に、黒い粒子が小さな竜巻を作っていた。
「くすっ…ふふっ…うふふッ」
厭らしい笑みを浮かべながら、彼女は笑っている。
それもその筈だ、今まで出来なかった事が出来る様になったのだから、笑わざるを得なかった。
「(『八十土凶殺』によれば、大気中には現世には無い『
穢土回廊には、現世には無い力の粒子が存在する。
それが大気中に蔓延している為に、知らぬ内に人は粒子に触れていた。
「(現世には無いこの力は、結集し、凝結し、一つの生命体へと至る、…それが化物の誕生)」
負の感情から意思を受信し、化物が誕生する。
それが八十土凶殺に書かれており、『厭子』の使い方を、習っている。
「(厭子は意味を持たない力、他の意思に応じて変化を齎す、原初の妖による負の感情を受信する事で肉体を構築した)」
更に呪文を口にする。
小さな竜巻は次第に、無数の赤子の様な手に変わる。
人差し指を向けると、小さな手が彼女の指先を掴んだ。
「逆を言えば意味を持たぬ『厭子』に命令を下す事で意味を持たせる…」
彼女は今回の探索隊で、厭子を使った実験を行おうと考えていた。
「『八十土凶殺』には、その『厭子』を操作する術も書かれている」
八十土凶殺には、厭子の応用術も書かれており、それを使役する事でより強力な呪術を引き出せると考えていた。
彼女は、想い人を愛する様に、黒い粒子に目を向けている。
「けれど…まさか出来るだなんて…思いもしなかったわ」
オカルト研究部。
彼女はこの部に入ってからと言うもの、非科学的な呪術に憧れていた。
八十土凶殺を見つけた時、実際に呪術が使える可能性があると言うだけで心が躍ったものだ。
そして、この穢土回廊は、彼女にとっての遊び場。
「これだと…もっと面白い事が出来そう」
更に研鑽を磨き続け、最終的に呪術を掌握したい。
それが、物集女美夜古の願いだった。
オカルト研究部へと足を踏み込む、女性の姿があった。
物集女部長は背後を振り向いたが、彼女の姿を見て微笑ましく笑っていた。
「失礼します、物集女さま」
礼儀正しい口調で彼女は言った。
白髪に黒のメッシュが入った、大きめな丸メガネを掛けた少女だった。
「…あら、刑架ちゃん、どうかしたのかしら?」
彼女の名前は、物部刑架と言う名前だ。
名前を呼ばれて彼女は手に持つ旅行用ケースを彼女の為に持ってきていた。
「荷物の準備は完了致しました、物集女さま、荷物は衣服だけで宜しかったですか?」
彼女の問い掛けに、物集女部長は頷いた。
「えぇ、一週間程になるけれど、呪具は身に纏うわ、それに、『八十土凶殺』の写しも持ってる」
予め用意していたのだろう。
数百枚分の八十土凶殺を印刷した紙の束を、彼女は紙を揺らしながら言う。
「分かりました、では、荷物は此処に置いておきます」
旅行用スーツケースを教室の中に置いて一礼する。
彼女の仕草を見て、微笑ましく笑顔を浮かべる物集女部長。
「私が居なくても、勉強を忘れちゃダメよ?後の事は副部長が引き継いでくれるから」
オカルト研究部の部員は三名。
その内の一人が、物部刑架であった。
彼女にそう言われて、物部刑架はゆっくりと頭を下げる。
「分かっています、それでは」
その場から離れようとする彼女。
そんな彼女の姿を見て、ふと物集女部長は考えた。
「…ねぇ、刑架ちゃん」
この呪術を人に教えてみると言う事だ。
他の人間ならば、この呪術を独占しただろう。
だが彼女は従順な物集女部長の使い魔だ。
彼女にも、知識の御裾分けはするべきでは無いのかと思っている。
目に入れても痛くない可愛い後輩。
彼女、物集女部長が身に着けている呪具の殆どは、物部刑架が見つけて来たものだ。
だから、偶には、教える事もやぶさかでは無いと、物集女部長は思ったのだ。
「はい?なんでしょうか」
彼女に呼ばれた事で、物部刑架は振り向いた。
八十土凶殺を彼女の前に向けて、話しかける。
「少し『八十土凶殺』の勉強でもしてみない?『厭子』の使い方、教えてあげましょうか」
そう言って、彼女は大きく目を開いた。
表情は希薄だが、明らかに喜んでいるのが分かる。
すると、彼女は物集女部長の方に近付いてきた。
「…それは、有難い事です、私で宜しければ、是非とも教えて頂きたい」
頭を下げる彼女。
それを見て物集女部長は嬉しそうにしていた。
「ええ、じゃあ、少しお勉強しちゃいましょうか」
そうして、一夜限りの勉強を。
そう思っていた物集女部長だった。
だが…彼女は、物部刑架の才能を目の当たりにして、考えを改める事にした。
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