ダンジョンに落ちたクラスメイトがヒロインを見捨てるが主人公だけは見捨てなかった

三流木青二斎無一門

物語開始


彼女は病弱だった。

長く走り続ける事は出来ない。

全身が苦しくなって動けなくなる。

例え自分の命が危険な状況になろうとも。

彼女の歩みは自然と鈍重になっていき、動かなくなる。

胸元に手を抑えて、彼女は必死に呼吸を行う。


「はぁーッはっ」


彼女の姿をクラスメイトは気が付く。

後ろを振り返り、誰が動けないのかを確認する。

運動能力の無い彼女の姿を見る。


「たっ、すけっ」


手を伸ばし懇願する。

しかし、誰も足を止める事は無かった。

顔を赤くして涙目を浮かべる彼女。

自分はクラスメイトのみんなに見捨てられたのだと悟った。

絶望を浮かべる彼女は死すらも予期しただろう。

だが。


「手ェ伸ばせ!!」


流れに沿う様に走り続けるクラスメイトを逆流する一人の青年の姿があった。

汗を流し必死の形相を浮かべている彼は、クラスの中では一際浮いた存在だった。

不良でもいじめられっ子でもない。

彼の父親は、人を殺した殺人者。

その息子である青年は、不死川しなずがわせいめいと言う名前だった。

誰もが嫌悪と忌避を抱く青年には親しい友人は存在しない。

そんな彼が、クラスメイトを押しのけて彼女に手を伸ばしたのだ。

その時だけ、彼女は彼が何者であるかを忘れた。

触れる事すら躊躇する筈なのに、その差し伸ばされた手を彼女は掴んだ。

腕を引っ張り引き寄せられる。

彼女の細い体を、不死川命は抱き締めると彼女を抱き上げたまま走り出す。

体中は汗に濡れている。額から滴る汗が彼女の顔に向かって流れ落ちる。


なのに嫌な気持ちは無かった。

ただ夢中だった。

彼の真剣な表情に見惚れてしまった。

自分の為に命を犠牲に出来る人間が居るのだ。

彼女の体の内側から爆ぜる火花を感じた。

ひいらぎうららは不死川命に恋をしてしまった。













父親が人を殺した。

大量殺人だった。

死刑となった父親は二年後に刑を執行され骨となって遺族に返された。

幼少期の不死川命は、幼い頃から殺人者の息子として扱われた。

腫物の様に接された彼は、それは仕方が無い事だと思った。

蛙の子は蛙と言う言葉がある。

父親が人を殺したのならば、人を殺せる才能があったのだろう。

ならば、その子供である己も、人を殺せる力がある。

だったら、自分は人とは違う存在だ。

良い方面では無く、悪としてだ。

そう考えると、途端に生きている実感が湧かなくなる。

自分は人では無いと言われたようなものだ。

極めて無気力だ。

何をする気にもなれない。

それでも、彼は死ぬ気にも成れない。

だから人間社会で生きなければならない。

その為に、彼は学校へと通っていた。

無論、その悪評を知らぬ生徒は居なかった。


登校時間。

二時間遅れて登校する。

小休憩の時間帯。

教室の外から聞こえて来るのは生徒の声。

楽し気な声色を耳にしながら、教室の扉に手を掛け、開く。



「…」


騒めきが一瞬で静寂へと変わった。

彼らの視線は一度、その人物に向けられる。


「…不死川しなずがわせいめいだ」


一人の人間が口にする。

するともう一人が相手を睨んだ。

名指しをするなと言わんばかりだ。


「目を合わせるなよ」


するともう一人が反応して声を口に出した。

再び沈黙が現れた。

その中を、不死川命は歩く事になる。

教室の隅に自分の席があった。

リュックを置いて、着席すると机に顔を伏せる。


「…(静かだな)」


この扱いには慣れている。

数十秒ほどの沈黙が流れた後。

再び、誰かが会話を再開した。


「そ、それでさぁ…」


そして他愛も無い会話が始まる。

最早、不死川命と言う存在は無かった様な扱いだ。

その事に関して、彼は別に怒りなど無い。

それが彼にとっての日常なのだ。


異変が訪れたのはそれから二時間後だった。

昼休み休憩に入ろうとしていた矢先。


「…?」


突如として教室が揺れ出した。

小さな波が次第に大きくなっていく。

そして巨大な地震となって生徒たちを襲ったのだ。


「…ッ」


「きゃあ!!」「地震ッ」「み、皆さん落ち着いて下さい!!」


地震の大きさは、生徒達が感じた中で一番大きかっただろう。

机の下に隠れて建物が落ちて来ないか。

恐怖と心配を感じながら生徒達は震えを止まるのを待った。


「(…大きかったな、さっきの地震)」


揺れが落ち着いた時。

周囲の生徒たちが机の下から顔を出した。

かなり大きな地震だったが、どうやら校舎は無事らしい。

校舎が潰れる事も有り得たが、何とかカタチは保っている。

壁には亀裂が走り、窓ガラスは割れている。

それでも、潰れていないのは運が良かっただろう。


「おい…外ッ」「え?もう夜?」「いや…洞窟の中?」


生徒達が混乱している。

騒ぎが大きくなる前に、いち早く教師が声を荒げた。


「し、静かにしてください、えぇと…どうすれば」


混乱しない様に、教師としての役割を全うしようとしている。

そんな時、教室へと入って来るのは隣の教室で授業をしていた教師だった。


「先生、ちょっと」


手招きをして、教師を呼ぶ。

生徒の姿を一瞥した後に廊下へと出る教師を見送り、生徒たちは今の状況に意見を出し合っていた。


「なんだろうな、これ」「ちょっと不気味だよなぁ」「窓の下、何も見えねぇ」


不死川命も窓の外を眺めた。

校舎の周辺は、巨大な壁で覆われている。

空は夜に近付いているのかと思える程に薄暗い。

まるで、地中の中へと引きずり込まれたかの様だ。


「皆さん、このまま教室で待機をしていて下さい、先生たちは少し、職員室で話をして来ます」


担任教師が顔を出してそう言った。

生徒たちの半分は自習になった事に対して喜びの声を挙げるが、もう半分は不安で堪らない様子だった。

教師が職員室へと向かい、担任の眼が無くなった事で生徒達は自由に会話を始める。


「このまま授業、全部なくなればいいのになぁ」「と言うか、まだ電気点かないの?」「うわ、最悪、スマホ圏外なんですけど」


不死川命はこの状況に少し不安を覚えた。

だが、自分から行動して何かをしようとは思わなかった。

出来る事があるとすれば…教師が解決策を提示するまで、眠る事だけだった。

机に突っ伏して、彼は目を瞑る。

眼が覚めた時、何か進展があれば良いと思った…。


だが。

次に目覚めた時。

それは、誰かの叫び声だった。


「ぎゃあああッ!!」


その音に反応して、飛び起きる様に不死川命は顔を上げる。

廊下から叫び声が聞こえて来る。

ガタガタと、騒がしく廊下を走る音。

教室の中に居る生徒が何事かと騒ぎ立てると、唐突に教室の扉が開かれる。

中に入って来たのは、別の生徒だった。


「おッ、おにが来るぞッ!」


慌てている。

その言葉が一体、何の意味を示しているのか分からない。

だから誰もが頭の中に疑問符を浮かべていたのだが。

教室から顔を出していた生徒が硬直する。

それと共に白目を剥いて倒れた。

背中から血が流れている、そして背中には刃が突き刺さっている。

汚れた小さな刃物。

生徒の背中には、子供程のサイズをしたカエルを背負っていた。

いや…それは、鬼だった。

小さな鬼が、緑色をした鬼が、生徒を後ろから付き刺したのだ。


「い、ッ…やあああッ!!」


教室の中で生徒が叫び出す。

その声に応じるかの如く、教室に入って来る複数の小鬼たち。

手に握り締める武器は、個体によって違う。

大きく腕を振り上げて、モーニングスターを振り下ろすと逃げる生徒の頭部に命中して後頭部が陥没した。

倒れる生徒に向けて、両手剣を持つ騎士が切っ先を突き刺すと、口から声を漏らして絶命する。

床には、沢山の血が流れていた。


「なんだ…くそッ」


逃げ惑う生徒たち。

それを追い、小鬼たちが面白そうに殺していく。

その光景を、無惨な様を見せられた不死川命は…体内から熱が膨らんでいく。

人が死ぬ様は、初めて見たわけでは無い。


小鬼がその場で立ち尽くす不死川命を見て、喜々として刃物を振るう。

彼を殺そうとした最中。


「…ざけんな」


その声と共に。

不死川命は、小鬼の腹部に蹴りを食らわせる。

体をくの字に折れ曲がらせながら、小鬼が後方へと弾き飛ばされた。


「殺しやがって…そんなに、殺して、殺したとして…」


例え幻想の生物であろうとも。


「殺されても、文句は無いよな」


不死川命は自分に危害を加える存在を許さない。

相手が殺意を抱いて攻撃してくるのならば、いち早く反応し不死川命は攻撃を行う。

小鬼が刃物を持って不死川命に向かって迫って来る。

彼は教室に置かれている学習机を掴むと同時に小鬼に向けて投げる。

小鬼は机に当たり、地面へ衝突する。

一体、行動を不能にした所で、第二、第三と小鬼が不死川命へと向かって来る。

なので、不死川命は椅子を持ち上げると、それを振り回して小鬼を叩き潰す。

小鬼の骨は脆い、直ぐに骨が砕けて、骨が皮膚を破った。

体液が飛び散ると、小鬼は藻掻きながら、やがて死に絶える。


「っ」


小鬼の体液が付着した椅子を投げ捨てる。

未だに、不死川命の元へとやって来る小鬼に向けて、机の上に置かれていたシャープペンシルを握り締めると、小鬼を蹴り倒し、地面に転がる小鬼の眼窩に向けてシャーペンを深く突き刺した。

しかし、絶命には届かない為に、不死川命は小鬼の喉元を強く締め付ける。

小鬼は喚きながら不死川命の手首を引っ掻くが、小さな傷が出来るだけで致命傷には至らない。


「死ね…ッ、死ねッ!!」


彼の脳裏に過る赤い血の色。

小鬼が次第に動きを弱めていき、そして彼の手によって殺された。


「はぁ…はッ…」


荒く呼吸をする不死川命。

次第に、彼の内側から感情の波が押し寄せる。


「は、…ははッ…はははッ」


それは喜びだった。

殺害と言う行動は、久しく彼の冷めた心を滾らせた。

これ程までに、面白い遊戯があるのだろうか。

命を潰す行為、それは幼少期の頃、命の価値観を知らずに虫を踏み潰していた頃に似ている。


「はッ…あッ…違う…違うッ」


そして、ふと我に返る不死川命。

殺害に愉悦を得てしまうなど。

それではまるで、自らの父親と同じでは無いのか。

そもそも、前提として。


「何、考えてんだ、…俺はッ」


相手が殺してくるのだから、殺しても構わないなど。

まるで、殺害をする為の言い訳の様に聞こえて仕方が無い。


「違う…俺は、…親父とは、違うッ」


焦り、怖れ、否定する。

彼は冷めた死体を見つめながら離れだす。

外からは喧噪が響いている。

絶叫と悲鳴。

モンスターと呼ばれる生物が人々を襲っているが故の声だ。


「…違う、違うんだ、だから…たすけ、ないと」


不死川命は、己の汚れた手を拭う為に、人を助けようとする。

人を救済する事で、己が救済されると、そう思っていた。

脳内で響く音は、自分自身を否定しているかの様に聞こえて来る。

一刻も早く、この鳴り止まない音を消さなければならない。

でなければ、自分が自分で無くなってしまう。

そう、不死川命は思った。

だから、廊下へと出て、逃げ惑う生徒の流れに逆らった。


「俺が…たすけ、るんだ」


父親を否定する為に。

己の欲望を否定する為に。

不死川命は、自ら魔物が蠢く死地へと赴く。



ある、一人の少女は体中に熱が籠っていた。

元から肉体は強くは無かった。

健康とは程遠い病弱な体質。


長時間走る事すら出来ない。

そんな彼女が、この急激な環境の変化に耐え切れる事も無かった。


「はぁ…はあッ」


柊麗。

彼女の身体は既に限界だった。

音楽室での授業の時に地震が発生。

教師の言葉で音楽室に待機していた最中。

重苦しい防音の扉と共に現れたのは生徒の首を持つ小鬼の姿。

それだけで彼女は恐怖を覚えた。

彼女の身体は急激な変化に耐え切れず、血管を駆け巡る血液の熱によって放熱状態となり、心臓を抑えて呼吸困難に陥る。

冷静さを保つ為にその場に蹲って息を整えなければならない。

だが、小鬼たちは次の獲物を狙う為に生徒を襲う。

逃げなければ殺されてしまう。

様々な生徒たちと共に柊麗も音楽室から小鬼の魔の手から逃れ逃げ出した。


「はッ…はぁッ」


涙目を浮かべて彼女は苦しみを抱きながら走り続ける。

しかし、誰よりも足が遅い事は明白で、彼女の身体は停止を求めていた。

教室から生徒が出て来る。

絶叫と悲鳴が響きながら、廊下は小鬼と生徒によるパニックで溢れていた。


「きゃああッ!!」


小鬼たちに捕らわれる女子生徒の姿が見える。

刃物を使い衣服を破き、裸体が露わになると暴漢を行う。

男子生徒は小鬼の群れに組伏されると、首を切れ味の悪い刃物で切り裂かれる。

質の悪い切断音と絶命が、耳から離れない。

胸元に手を添えて涙を流す柊麗。

自分も小鬼によって弄ばれるのかと恐怖を覚えた。


「だ、れか…ッ」


その場に蹲る。

体が最早、彼女の意思では動く事が無かった。


「たす、けて…っ」


柊麗の訴えは、人々の声によって掻き消されてしまう。

背後からは、小鬼たちが迫っていた。

彼女の身体は、病弱ではあるが、肉付きが良い。

すぐに小鬼たちの餌として認識されたのだろう。

魔の手が忍び寄る、その最中。

カァン、と。

小さな体を叩き潰す軽快な音が響いた。

生徒たちが逃げる流れを逆流して。

小鬼たちの血に濡れながら歩き出す、生徒の姿があった。

手には金属バットを持ち、人々を襲う小鬼を叩き潰す。

彼女に触れようとする小鬼の手。

それを見つけると共に、彼は地面を蹴って素早く移動すると。

小鬼の顔面を叩き潰す。

そして、怯えて動く事も出来ない彼女に向けて、彼は手を伸ばした。


「手ェ、伸ばせ」


それが、柊麗にとっての救いの手だった。

不死川命の手を、彼女は掴んだ。

思い切り彼女の身体を引っ張ると。

そのまま、不死川命は彼女の身体を抱き抱える。


「走れるか?」


そう不死川命が聞くと、彼女は首を左右に振った。


「じゃあ、このまま逃げるぞ」


そう言うと、不死川命は彼女を抱いたまま逃げ出す。

周辺に人がいない事を確認すると、小鬼たちの群れから金属バットを振って叩き潰しながら移動した。

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