ささくれ

LeeArgent

第1話

 私の家は、両親が共働きだった。

 幼い頃、両親の留守中の家事をしてくれていたのは、父方のおばあちゃんだった。

 掃除、洗濯、ご飯の準備……水仕事を全部請け負ってくれていたおばあちゃんの手は、ささくれだらけで、赤切れだらけだった。


 今や成人し、遠方で一人暮らししてる私は、年に一度、実家に帰る。

 この日も、お土産を抱えて実家に帰省した。

 今のおばあちゃんは、すっかり杖をつくようになってしまって、家事をすることはできない。日がな一日ソファに座って、衛星放送の時代劇を見るのが楽しみなのだと言う。


「はい、おばあちゃん。いつもの」


「ありがとう、千恵。すまないね」


 私は、毎度おばあちゃんの注文通り、薔薇のハンドクリームを買って、おばあちゃんに手渡す。


「毎回、本当にこれでいいの?」


 私は尋ねた。

 千円程度のハンドクリームより、もっといいものがあるんだよと言うんだけど、このハンドクリームじゃないとダメらしい。


「千恵は、覚えてる? 小学生の頃、ハンドクリームを買ってくれたでしょう?」


 おばあちゃんは言う。

 そんなこと、あっただろうか。私は考える。

 じわじわと、だんだんと、思い出してくる。

 

 いつだったか、私がお小遣いをはたいてハンドクリームを買ったことがある。確かそれは、私が小学生の頃で、おばあちゃんの誕生日だったと思う。


 おばあちゃんは薔薇が好きだったから、薔薇の香りがするハンドクリームをあげようと思った。お小遣い全額を握りしめて薬局に向かい、私は驚いた。

 薔薇の香りがするハンドクリームはある。しかし、どれも千円以上するのだ。


 小学生にとっての千円は、とんでもなく大金で、少しでも安いのを探したり、買うのすらやめようかと悩んだりした。

 だが、おばあちゃんの喜ぶ顔が頭をよぎって、私は思い切ってハンドクリームを買った。

 その夜おばあちゃんに渡すと、それはもう、ものすごく喜んでくれた。その夜から早速使ってくれたし、お母さんに内緒でお小遣いをくれた。


「もしかして、その時の?」


 私が尋ねると、おばあちゃんはにっこりと笑って頷いた。


――――――


『さかむけ』

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