三 内密の知らせと対策

 葉月(八月)九日、明け六ツ(午前六時)。

 内密に連絡を受けた北町奉行は、至急かつ内密に、町奉行詰所の別室に与力の藤堂八郎とうどうはちろうを呼んで事件を説類し、

「国問屋大黒屋に夜盗が入り、主の大黒屋清兵衛夫婦が斬殺された。

 ついては内々に事件を解決するように」

 と指示した。北町奉行の横には大黒屋の大番頭の与平が座っている。

 藤堂八郎は藤堂八十八とうどうやそはちの子息で、父に代わって与力の職を継いだばかりだった。

「分かりました」

 藤堂八郎は直ちに、かつ内密に、同心たちを呼び寄せた。


 同心岡野智永おかのともながと同心野村一太郎のむらいちたろう、同心松原源太郎まつばらげんたろうが町奉行詰所の別室に集った。

 藤堂八郎は再び大番頭に事件の経緯を説明させて尋ねた。

「大黒屋さんの菩提寺は何処ですか」

「湯島の円満寺です」

「分かりました。大番頭さん。これから大黒屋さん夫婦を病死にする段取りをします故、しばらく聞いて下さい」

「なんなりとやっておくんなさい。私は段取りがすむまでお待ちますから・・・」

 大番頭は妙に落ち着いている。 


 この大番頭の落ち着きは何だ・・・。藤堂八郎は、大番頭の落ち着きを気にしながら、同心岡野智永と野村一太郎と松原源太郎に指示した。

「三人ともよく聞きなさい。私は文をしたためる。

 ただちに岡野と野村は町人に扮し、日野ひの先生と竹原たけはら先生と丈庵住職じょうあんじゅうしょくに私の文を届け、三人に大黒屋に来てもらいなさい。

 松原は、岡野と野村の段取りを整えた後、私と共に町人に扮して大黒屋へ行くのです」

 藤堂八郎は次のように説明した。

 同心岡野智永は駕籠を使って、神田佐久間町の町医者竹原松月に文を届け、その後、湯島の円満寺の丈庵住職に文を届ける。早朝故、竹原松月と丈庵住職は在宅だろう。駕籠なら、今から四半時しはんときもすれば二人は日本橋横山町の国問屋大黒屋に来れよう。

 同心野村一太郎は浅草熱田明神そばの日野道場の日野徳三郎ひのとくさぶろうに文を届ける。早駕籠なら半時程で、日野徳三郎は大黒屋に来れる。

 日野徳三郎は剣の達人で日野道場の道場主である。竹原松月は名医の誉れ高く、公儀(幕府)お抱えの隠れ寄合医師である。日野徳三郎と竹原松月は、北町奉行所お抱えの検視検分役である。そして、丈庵は湯島の円満寺の住職で、円満寺は大黒屋の菩提寺である。

「では、私は駕籠を呼びます故、岡野と野村は町人に扮して下さい」

 松原源太郎は岡野智永と野村一太郎に、町人に扮するよう促した。

「では仕度します故」

 松原源太郎と岡野智永と野村一太郎は町奉行詰所の別室を出ていった。

 藤堂八郎はその場で文をしたためた。


 町人に扮した岡野智永と野村一太郎が戻ると、藤堂八郎は二人に文を渡して隠密行動を指示した。

「駕籠が到着しました」

 町人に扮した松原源太郎がそう言って戻った。

「では、行って参ります」

 岡野智永と野村一太郎は詰所を出た。


「私が町人に扮したら、松原と共に大黒屋へ行きます故、我らを松月先生と丈庵住職の縁の葬儀人として扱って下さい」

「わかりました。なにとぞよろしくお願いいたしまする・・・」

 大番頭は藤堂八郎の言葉に納得して深々と御辞儀した。

 やはりこの男、主夫婦を斬殺されたのに腹が座り過ぎている。妙だ・・・。藤堂八郎は大番頭に、生死の境を潜り抜けてきた渡世人のような雰囲気を感じた。その気持ちは松原源太郎も同じだった。

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