46.上に立つ者の義務と覚悟
毎朝、昨夜の罰をルードルフがどうこなしたかを尋ねるのが楽しみのウルリヒは、届いた情報に眉を寄せた。
「これは……報告して指示を仰ぐ必要がありますね」
深刻そうな言い方の割りに、嬉しそうな顔で書類を手にした。ちらりと部屋の様子を見回し、微妙な変化を発見して眉尻を上げる。だが気づかなかったフリで部屋を後にした。
食堂と呼ぶ一室へ足を踏み入れ、アンネリースに一礼する。すでに絨毯に座りクッションで寛ぐ彼女は、鷹揚に頷いた。この不思議な貫禄は、持って生まれたものだろう。高貴な雰囲気が漂う。
その隣に、明らかに忠犬の護衛が陣取っていた。胡座をかくのは行儀が悪いと思い控えたところ、変な座り方をアンネリースに叱られたばかり。これは昨日の出来事だった。毎日、少しずつ距離を詰める二人は、どう見ても猛犬と飼い主でしかない。お世辞にも、夫婦には遠かった。
「女王陛下、ご相談がございます」
用意された料理が半分ほど片付いたところで、ウルリヒは口を開いた。羊料理だけでは飽きると思ったのか、最近はどこかで買い求めたムンパール風料理も出される。懐かしいと頬を緩めていたアンネリースが、食事の手を止めた。
山羊乳の甘いお茶ではなく、買い求めた紅茶を引き寄せる。じっと視線を向けられたウルリヒは、手にした書類を差し出した。
「食事中ですが、重要な案件なので」
入室時に何も言わなかったくせに。そんな視線を受けながら、ウルリヒは笑顔を仮面代わりに貼り付けた。
ムッとしながらも、アンネリースが書類に目を通す。沈黙が落ち、ルードルフはウルリヒを睨んだ。食べ終えてからでいいだろう、そんな苦情をさらりと流す。
「ルベリウスの動く日時が、どうしてあなたの手元に届くのかしら」
「内通者はすべての国に置いていましたので。もちろん、過去のムンパールにも」
スフェーンのような同盟国はもちろん、属国としたセレスタインも。いずれ敵となるアメシスも例外ではない。密偵を置いていない場所を探すほうが難しい。
アンネリースは咎める言葉を口にしなかった。綺麗事で政は動かない。いや、動かしてはいけないのだ。裏で起きる様々な黒い出来事を知りながら、綺麗な白い手を装うのが君主の役割だった。
「いかがなさいますか」
あなたの指示で、我々が動く。ウルリヒは促すように尋ねた。じっと考える間、ウルリヒの視線はアンネリースに固定された。ルードルフの目は、ウルリヒとアンネリースを何度も往復する。
「私は弱い者の味方でありたいわ」
「承知いたしました」
上に立つ者の覚悟を示すアンネリースに、ウルリヒは恭しく頭を下げた。きょとんとしたルードルフは、会話に含まれた残酷な意図を理解していない。だが、それでいい。女王と宰相は、互いの認識を確認するように頷き合った。
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