40.ベッドは窓から捨てられた

「やはり、ひどい状態でしたね」


 呆れたと笑うウルリヒは、後ろに連れた男達へ合図を送る。次々と現れるスマラグドスの屈強な男達は、まずベッドを窓から捨てた。そこへ新しいベッドが運ばれ、あっという間に組み立てられる。


「俺のベッドが」


 肩を落とすも、同情する者はいない。ルードルフも長年使った親しみはあるが、固執する理由はなかった。なんとなくまだ使えたのに、とぼやく。


 棚も処分され、代わりに装飾の施された箪笥が並んだ。絨毯が丸めて捨てられ、美しい模様の分厚く毛足の長い新品が敷かれる。あっという間に部屋の模様替えが進んだ。


 明るい色の絨毯は部屋の印象を変えるし、模様替えの合間をぬってゼノが掃除の手を伸ばす。さっと床を拭き取った場所に、美しい化粧台が運び込まれた。同じものが隣の部屋にも用意される。希少な一枚物の大きな鏡を据え付け、化粧品は乳母や侍女により運ばれた。


 アンネリースが滞在した部屋から、様々なものが移動してくる。買い与えた服や宝飾品はもちろん、柔らかさが気に入ったクッションに至るまで。華やかで高価な品が、殺風景だった部屋のイメージを一新する。


「いかがでしょうか、女王陛下。改めて内装はご相談に乗りますが、少し狭い気もします」


「広さはいいわ。広すぎても家具と隙間が増えるだけですもの」


 アンネリースは侍従やゼノ達を労い、絨毯に並べられたクッションに寄りかかった。ムンパールでは猫足の長椅子を使用していたが、今では絨毯の方が心地よい。


 スマラグドスの民と同じように、分厚く豪勢な絨毯に座り、クッションに寄りかかって体を支える。


 不思議なほどに落ち着いた。何より、ここで全てを賄えるのがいい。書類作業をするなら低い机が用意され、食事は大きな金属トレイに準備された。疲れたら寝転がれる。せっかくなら、新しい習慣に馴染んでしまおう。アンネリースはここの暮らしが気に入っていた。


 その暮らしの中に、未来の夫も含まれる。戦いに強く逞しく、誰より戦術に長けた男なのに、女性にはめっぽう弱い。ただ、ウルリヒの反応を見る限り、女性には……というより私に弱いのかしら。


「今夜から同じベッドで寝ていただきます」


「だが」


「だが、しかし、は通用しません。これは女王陛下と宰相の命令ですよ。将軍閣下」


 閣下と呼びながらも、上から押さえつける口調でやり込めた。ウルリヒに不満そうな顔をするが、隣のアンネリースが笑顔で同意したため、ルードルフは言葉を呑む。


 うっかり反論したら二人がかりで攻め込まれそうだ。戦場の空気を読むことに長けた武人は、負けを察して沈黙を選ぶ。


「では今後の予定を少し。数日で、元ジャスパー帝国公爵であったマヌエルの死が公表されるでしょう。新皇帝を名乗った男です。彼の死により、次に動くのはルベリウス国と想定できます」


 淡々と一人の男の死を告げ、新しい作戦を口にする。さらに深い内容まで、ウルリヒは言葉を選ばず事実を並べた。アンネリースは考え込み、ちゃっかり隣に座るルードルフは首を傾げる。


「本当にそんな簡単に動くものか」


「ルードルフ、前にも教えたでしょう。動くのを待つのではなく、思うように動かせばいいのです」


 言葉遣いは臣下らしく丁寧で大人しいが、内容は以前と変わらない。ルードルフは顔を引き攣らせ、お前だけは敵にしたくないと呟いた。

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