28.美しい真珠の真価を知るもの

 豊かな海と山に挟まれた国ムンパールは、まさに真珠だった。穏やかで勤勉な民はよく働くし、農耕や観光で潤っていた。他国との外交能力に長けたムンパールは、周辺国と騒ぎを起こしたこともない。


 この世の楽園と呼ばれ、治安の良さゆえに観光が盛んになる。驚くほど好循環の中にいた。先代王が殺されるまでは……。


 ジャスパー帝国の戦好きな前皇帝が排除され、新皇帝はぴたりと侵略を止めた。攻め込まれれば反撃するが、自ら戦を仕掛ける気はない。そう表明したにもかかわらず、臣下は止まらなかった。


 欲しいものは奪う。前皇帝の作ったルールを踏襲し、勝手に動いたのだ。外交の場でムンパールの王が殺され、周辺国は一斉に逃げ戻った。自国を守るために国境を封鎖し、ジャスパー帝国の侵略に備える。怯える彼らの耳に届いたのは、ムンパールの若き王の崩御と……王妹となった真珠姫の噂だった。


 美しく聡明な姫と名高いアンネリース姫が、スマラグドスの猛将に連れ去られた。その後のジャスパー帝国解散の話で薄れたが、姫を将軍に下賜した噂も届く。


「あの子は孫娘も同然だ」


 スフェーン国王エアハルトは、悲しそうにそう呟いた。ムンパールへ嫁いだ妹の孫娘、おじ様と呼んで慕う姫を愛している。家族として大切にしてきた一家が、滅ぼされてしまう。危機感は募るが、自国を天秤に掛けて戦う選択はできなかった。


 王なのだ。スフェーン国民を路頭に迷わせ、国の保護から放り出す決断はしない。家族がどれだけ苦しんで泣いたとしても、国を守り命を差し出すのが王族だった。その意味で、民の助命を条件に身を投げ出したアンネリースを誇らしく思う。


 下賜された先で、酷い扱いをされていないだろうか。女神信仰ゆえに気高き死を選べない姫が、泣いていなければいい。女神パールよ、あなたの愛し子を守りたまえ。祈る先で、思わぬ連絡を受け取った。


 アンネリースが新しい国を興すという。ついては外交官を遣してほしいと。何度も確認したが、確かに彼女の署名だった。女王として立つと決めたのは、民を守るためか。周囲は彼女の美しさを褒めるが、真価はそこにないのだ。


 王となってすぐに崩御した兄より才能があった。一度読んだ本は暗記し、他国の言葉をいくつも操る。将来が楽しみな子だが、兄の支えになると決めて引いた。その才女が不幸を乗り越え、新たな未来を作るのならば。


「このくらいの協力は許されよう」


「ええ、私も支持いたします」


 賛同した王太子は、息子ではなく孫だ。病弱な息子は早世し、優秀な王子を遺した。ギルベルトと名付けた孫に、この玉座を譲る時が来たのだろう。これから、若い世代が大陸の未来を定める。


「ザイフリートを派遣する」


 最も信頼している腹心を差し向け、王は世代交代の準備を始めた。侯爵が持ち帰る情報を待って引退する。身軽になったら、アンネリースの顔を見に行こうと妻と盛り上がった。


 まさか解散したジャスパー帝国の元皇帝を従え、スマラグドスの傭兵団をそっくり配下にしたと報告されるなど、想像もせず。老王は肩の荷を下ろす安堵から、穏やかな笑みを浮かべた。

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