21.王は後悔せず謝罪しない

 ムンパール国の領土と民を取り返す。私が掲げた目標は、あっさりと叶うことになった。王宮が炎上したときは、二度と戻れないと涙したのに。


 きゅっと唇を噛んだ。こんな簡単なら、どうしてお父様は殺されたのか。お兄様は命を投げ出さなければならなかったの? お母様だって心労に倒れずに済んだのでは……。後悔ばかりが胸を埋め尽くす。それでも顔を上げて大きく深呼吸した。


 過去を悔やむだけなら誰でもできる。私はムンパール最後の直系王族として、民を守り国を存続させる義務があるの。後悔は死ぬ直前だけで十分よ。


「姫様、本当に表舞台にお立ちになるのですか」


 心配する乳母ゲルダに頷いた。お転婆で叱られた日も、逃げるのを拒んだあの瞬間も。いつも励ましてくれた。この手に残された大切な家族だ。だからきちんと説明しようと決めた。


 アンネリースの真剣な声と表情に、話を最後まで無言で聞いたゲルダは静かに長い息を吐いた。否定されるのかと身構える女主人へ、ゆっくり膝をついて敬意を示す。


「今後はアンネリース様とお呼びいたします。地位が確定しましたら、陛下と」


 険しく苦労の多い道を選んだアンネリースを、自らの娘のように思ってきた。ゲルダは今後も彼女を支える未来を選ぶ。それゆえの発言だった。微笑んだアンネリースの頬に涙が落ちる。美しく輝く、真珠姫の名に相応しい神々しさを湛えて。


「皆もついてきてくれるかしら」


「「はい」」


 声を揃えた侍女達に、アンネリースは小さく縦に頭を振った。皇帝だったウルリヒを従え、猛将ルードルフを使い、私は頂点へ駆け上る。苦難が続くと承知しながら、アンネリースは引く選択肢を切り捨てた。


「お願いがあるの、髪を……切ってちょうだい」


「っ! なりません、アンネリース様」


 ゲルダの上げた声は、思いの外届いた。外を歩くゼノの一人が慌てて報告に走るほどに。すぐ駆け付けたルードルフは、自ら刃物を手に髪を切ろうとするアンネリースに慌てた。ケガを恐れず、刃を手で掴む。


「何をなさるの。首ではなく髪を切るだけよ。離して」


「……女王になるお方が、周囲の忠告や嘆きに耳を傾けぬのか」


 アンネリースはぎこちなく、視線をめぐらせた。なんとか止めようと、必死で縋る乳母ゲルダは顔を涙でくしゃくしゃに歪める。侍女達も半泣きで袖や裾を握っていた。そして……剥き出しの短剣で傷ついたルードルフの手。


 目を見開いたアンネリースの手から力が抜け、ルードルフは短剣を掴んだ己の手を背に回した。彼女の目から隠したかったのだ。


「傷つけるつもりはなくて」


「王になる者は後悔してはならない。後悔した采配が、誰かの命を奪うのだ。民のため以外で、謝罪をしてはならない。その責任を取るのは臣下だ」


 開いた扉に寄りかかり、ウルリヒは静かに厳しい言葉を並べた。


「王を目指すなら、決める前に周囲の意見を聞き、熟考して行動に移すべきだ。……そうでしょう? 我らが女王陛下」


 建国の宣言がなくとも、領土が確定しなくても、女王であると認めた。臣下がいるから王が存在できるのだ。突きつけられた現実の重さに、アンネリースは身を震わせた。

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