20.未来の女王陛下の智と武
「未来の女王陛下は有能だな。政の細かな采配や人事管理は俺ができる。お前は武力の面で最高の働きをすればいい」
「わかっている。あのお方の望みを叶えるのが、俺の贖罪だ」
強く拳を握る友人に、ウルリヒは肩を竦めて首を横に振った。
「贖罪じゃなく、愛情ゆえだ。間違えるな、お前はマヌエルに踊らされた被害者だ」
皇帝ウルリヒの命令だと偽ったプロイス公爵家が、偽の指示を出した。現場で確かめる術のないルードルフは軍人として、その命令を遂行した。この過程で問題があるとしたら、命令が本物か偽物か判断する基準を用意しなかった側にある。合言葉なり、符牒なり、事前に用意すれば防げた。
軍が命令に従わないことは、縦社会である国の命令系統を軽んじる行為だ。許されるわけがない。命令を偽った者が悪いのは第一だが、命令を下す側が安全策を取らなかったのが原因だった。その責任を軍人が担うのは間違っている。
突きつけて、ウルリヒは無言の友人を見つめた。まっすぐで不器用で、誠実な友だ。もしルードルフと出会わなければ、ウルリヒは皇帝のまま人生を終えただろう。そのくらい、重要な存在だった。卑下するのを黙って許す気はない。
「まあ、麗しの陛下を支える点については、積極的に動いてもらおう」
先ほどの地図を広げ、周辺国の位置を示す。帝国を分割する線を書き、ルードルフに覚えさせた。今後の新しい国境になる。ジャスパー帝国は歪んだ楕円形に近い。楕円の細い部分にある帝都と、スマラグドスが保有する土地は繋がっていた。間に流れる川が境界線のようだ。
「ここで断ち切る。代わりにこちらを得て、こうすれば……」
「領地がムンパール国と繋がる」
地図の上に描かれた領土は大きい。現在のスマラグドスの土地が倍になる計算だった。海まで繋がる細長い形に、眉を寄せて考える。ルードルフは一箇所を指差した。
「ここから先は不要だ」
「理由を言え」
にやりと笑ったウルリヒの表情に気づかず、ルードルフは地図を睨んだまま説明を始めた。軍の隊列もそうだが、細く長くなれば中央を分断される危険が高まる。ましてや今まで治めていなかった土地ならば、地形への不案内も手伝い、足を引っ張る存在だった。
「切り捨てたなら、農耕地が足りないぞ」
試すように反論するウルリヒへ、猛将はきっぱり言い切った。
「守れない土地に食料を作らせても、どうせ口に入らない」
その前に実った麦穂は奪われる。ならば無駄な努力をせず、最初から手を伸ばさないのが正解だ。言い切ったルードルフは顔を上げ、眉を寄せて顔を歪めた。
やられた……楽しそうな友人は、口元を歪めてご機嫌だ。彼の望む通りに、答えを導いてしまった。長く友人だった男からの弊害か、策略に長けた友を満足させる思考の結実か。どちらにしても、答えは同じだった。
「試すのもいい加減にしろ」
反対の答えを出せば、この男自ら修正をかけただろう。想像がつくルードルフは不満を口にした。怒りというより、呆れに近い声にウルリヒは笑う。
「お前は素直でよく吸収するから、時々試してみたくなる。あまりしないよう、心がけるさ」
つまり、回数は減らすが今後も試す。まったく反省の色を見せないウルリヒに、ぐしゃりと黒髪を乱した猛将は溜め息を吐いた。こんな男だが、嫌いになれない。友情を断ち切らない自分に、心底呆れながら。それでも悪くない、と口元に笑みを浮かべた。
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