17.傀儡になるのは嫌よ

 反射的に飛び出した言葉でも、言霊は宿る。少なくとも、ルードルフはそう教えられて育った。無口で言葉が短いのは、スマラグドスの男に多い特徴だ。彼自身も同じだった。


「御意」


 従う、全てにおいて彼女が優先される。一族の総領が決めれば、誰も逆らわなかった。ウルリヒは面白そうに「手伝うぞ」と他人事だ。


 今まで傭兵稼業で稼いだ金で、誰にも邪魔されず放牧できる土地を買い続けた。山や渓谷、草原ばかりの土地だが国の基礎にはなる。スマラグドスは初めて、仮初ではない主君を得た。この屋敷にいない一族にも話が伝わるだろう。集まってくる仲間に、情報を共有しなくては。


 忙しく考えを巡らすルードルフは、無言のアンネリースに気づかなかった。困ったと顔に出した美女は、ちらりと視線を向ける。ウルリヒはにこりと笑い、声援を送るだけ。頼りになりそうな猛将は、なにやら考えに耽っていた。


「……それで、私は何をすればいいの」


「アンネリース様が動かずとも、すべてを我々で整えます」


「傀儡は嫌よ」


 私が何もしなくても王になれるよう手配しろ、と叫んだのはアンネリース自身だ。だが本気にされても困る。やるからには、己の手で国を興すつもりだった。幸いにして、大帝国の頂点に立った男が味方だ。上手に使えば、私が愛したムンパール国は蘇るだろう。


 勇猛果敢で知られる将軍は、私に忠誠を誓うと申し出た。ならば、利用して国民を守る。何もできずに燃える王宮を見つめたあの日を、二度と繰り返さないために。


 逃げるのも、囚われの姫も、私らしくない。お兄様ならそう笑って背中を押してくれるはず。ぐっと拳を握り、目の前で何やら呟くルードルフに声をかけた。


「スマラグドス一族の詳細を知りたいわ」


 土地や慣習、人口と男女の比率も。手の内にある条件を知らなければ、戦いに勝てない。顔を上げて、前に進むことを選んだアンネリースから迷いが消えた。眩しそうに見つめたあと、ルードルフはゼノを呼んだ。


 一族の情報を開示する。そう伝えたことで、忙しく走っていく。彼女の後ろ姿を見送り、ルードルフはまず、自らの頭に入っている情報を並べた。戦える年齢の者、放牧が主流であり農耕は縁がないこと。土地の広さや今後の購入予定に至るまで。


 主君として定めたアンネリースに隠すことは、何一つなかった。すらすらと暗唱する情報に、ウルリヒは考え込んだ。思ったより戦力が高い。それに所有する土地も広大だった。農耕に興味がないから放牧に使われてきたが、一部の草原は十分農耕地として機能する。


 運ばれた地図を広げ、さらに情報が口頭で告げられた。その全てを記憶しながら、アンネリースはいくつか質問を織り交ぜる。突然始まった会議に、乳母は苦笑いした。以前から兄とよく議論していた姫の様子を思い出し、懐かしさとまだ癒えぬ痛みに目を潤ませる。


 侍女達も、お茶の用意に動きだした。誰もが痛みを抱えた部屋で、濃厚な情報交換がなされた。


 一段落して男達が引き上げた部屋で、乳母はアンネリースの肩にショールを掛ける。疲れて眠ってしまった王女は、あどけない顔をしていた。先ほどまで、敵将達と熱い議論を交わしていたとは思えない。


「姫様がどのような道を選ばれても、最後までお供いたします。やはり……」


 声に出さず、唇が動く――女神様の予言なされた御子なのですね、と。

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