06.真珠姫を将軍に下賜する

 皇帝陛下が待っている。その想いだけで、ルードルフは謁見の広間へ向かった。途中で気づいたカミルが合図を送るが、気づかない。そのまま、中へ入ってしまった。


「うわぁ、着替えさせるの忘れた」


 頭を抱えて呻くも、手遅れである。カミルは両手を合わせて「頼みます」と陛下に後を任せた。カミル自身は祈る神を持たないが、気持ちはそれに近い。自分が恥をかくことには頓着しない主君だが、姫が辛い思いをしたら……自分のこと以上に嘆くだろう。


 最後の最後で味方になるのは、皇帝陛下だけ。カミルは信仰に似た気持ちで、主君が望みを叶えることを願った。







 大広間の天井は、びっしりと絵画や装飾で埋め尽くされる。その華麗にして荘厳な雰囲気は、パール女神を祀る神殿に似ている、とアンネリースは感じた。通された客を圧倒し、萎縮させる。その意味において、美しい天井や壁は見事に役割を果たした。


「我が主君たる皇帝陛下のご要望に従い、ムンパール国のアンネリース王女を献上いたします」


「ご苦労だった。ルードルフ」


 ちらりと視線を向けたものの、皇帝ウルリヒはまず友で配下の将軍を労う。それからアンネリースに視線を合わせた。真珠の肌をもつ美貌の姫、前評判通りの美女は優雅に頭を下げる。それは王族としての挨拶ではなく、上位者へ敬意を示すものだった。


「真珠姫をこちらへ」


「そうだ。蛮族が手を触れて良い女ではないぞ」


 貴族の間からルードルフを貶す言葉が聞こえる。ウルリヒは表情を変えなかった。不快だと示すこともせず、ただ彼らを黙らせる命令を放つ。


「今回の戦争に関し、功績に応じた褒美を与えるとしよう。アンネリース王女を、スマラグドス将軍へ下賜する」


 突然の発言に、ざわりと貴族が揺れた。ムンパールの国民は温厚で大人しい。だが皇帝の統制が効いた支配が、奴隷制度を許さなかった。だから褒賞として望めるものは少ない。王宮は焼けてしまい、女神の神殿に手を出すことは禁じられた。残るは美貌の姫や領土くらいだ。


「皇帝陛下、早計では……」


「我が自慢の将軍以上に手柄を立てたと申すのであれば、名乗り出るがよい」


 公平に査定してやる。そう言われたら、誰もが黙り込む。ジャスパー帝国の貴族は、危険な先鋒をルードルフに押し付けた。美しい王宮が焼け落ちたのは、略奪に走る貴族に反発したムンパール側の抵抗だった。その話はすでに皇帝ウルリヒの耳に入っている。


 報告は当事者だけではなく、随行させた数名の情報員から受ける。平民、貴族、騎士……様々な立場の報告から、ルードルフが受ける侮蔑や差別を感じ取っていた。何度改善を試みても直そうとしない。そんな貴族の無駄な自尊心とプライドに辟易していた。


 重ねて、ようやくルードルフが女性に興味を示したのだ。副長として補佐するカミルからの伝令で、ウルリヒは「よし!」と拳を握った。ルードルフを見ても泣かない女性、美しく地位も教養もあり、彼を支えられる芯の強さがある。


 彼女を下賜する形になるが、本心では逆だった。王女に惚れた友人の幸せを願う。無骨で、努力家で、実力は最上級だ。しかし不器用で損ばかりのルードルフを助けてほしかった。ようやく相応しい女性を見つけた。


 皇帝ウルリヒは淡々と他の褒賞も決めると、さっさと立ち上がる。


「ルードルフ、王女は共に来い」


 納得できないと騒ぐ貴族を放置し、ウルリヒは広間を後にした。

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