05.詫びては格が下がります

 ジャスパー帝国最大の都市アゲートは、勝利の歓声が響いていた。きゅっと唇を引き結び、アンネリースは顔を上げる。気高い姫君を連れた、野獣のような将軍を人々は歓喜の中で迎えた。


 後ろに続く騎士団と荷馬車を守るため、衛兵達が体を張って道を作る。その中を抜けて、宮殿へ入った。大きな塔はないが、丸い屋根の大きな建物がいくつも並ぶ。四角い屋根に金属製の飾りが立つ建物が、謁見の広間だった。


 先に馬から降り、手を貸して姫を助ける。普段なら降りろと促し、部下に受け止めさせるルードルフの行動を知る騎士達はざわめいた。やはり将軍は彼女を特別扱いしている。その理由が恋愛なのか、皇帝陛下の命令か。判断できずに見守った。


 駆け寄った貴族がアンネリースに甘い言葉をかけ、エスコートの手を差し出す。その際、割り込もうと将軍ルードルフを押しやった。その姿に眉を寄せ、アンネリースは首を横に振る。両手を体の前で祈るように組み、手を預けない選択をした。


「ちっ、お高く止まりやがって」


 跳ね除けられた途端、貴族は舌打ちして去る。下賜されたら兵の慰み者にしてやると暴言を付け足したが、ルードルフに睨まれて退散した。


「姫に対する暴言を詫びる」


「構いません。ここは戦勝国で、私は敗戦国の王女です。それにあなた様が口にしたのではありませんから、詫びては格が下がります」


「この程度で下がる格など持たん」


 なんとも不器用な男だ。部下達はがくりと肩を落とした。これは「帝国の将軍の格が、この程度で落ちるか」という強気の発言ではない。卑下する「蛮族の長に誇る家格などない」が近かった。


 どちらの意味で受け取ったのか、アンネリースはほわりと柔らかく笑う。


「エスコートしていただけますか? 一人では入場できませんから」


 淑女にこのような申し出を受けたことがないルードルフは、かちんと固まった。ぎこちなく振り返り、副官カミルを手招く。


「将軍閣下、姫の手を取って」


 注意するような形になるが、淑女の手を空中で待たせるのは失礼だ。カミルに指摘され、慌てて下から手を添えた。微笑むアンネリースに見惚れたあと、泣きそうな顔で振り返った。実際は顔に傷もあるので、恐ろしい形相だ。


 威嚇する熊のような男に、優男にしか見えないカミルは頷く。距離を詰めて、エスコートについて指示を出した。言われるまま、ぎこちなく手足を動かすルードルフ。面白いものが見られそうだと、興味津々の部下達。


 恐怖に震えるはずの乳母達は、なんとなく事情を察してしまった。外見は凶暴そうだが、この男が姫を傷つけることはできない、と。気づいてしまえば、強張った顔も微笑ましく感じる。豪胆な乳母は、そっと頭を下げた。この男がいれば、姫が悪い状況に置かれる心配は薄い。


 頑張れと声援を送る部下と、心配で泣きそうな侍女達に見送られ……二人は皇帝陛下との謁見に向かった。従う副官カミルが、途中で足を止めて部下に指示を出す。


「明日には宮殿を出るから、支度しておけよ」


 馬を休ませ、帰還する準備をしろ。辺境の砦を守る彼らにとって、大都市アゲートは仮の宿だ。家に戻れると聞いて、部下達は勢いよく敬礼する。それから忙しなく動き出した。


「あんたらも手が空いてるなら、手伝ってくれよ」


 旅の間に何度か手を貸してくれた騎士の申し出に、侍女達も恩を返そうと動き出した。

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