第38話 別れ
レオは頭を抱えて、もだえ苦しむ。
(レオ! どうしよう……どうすればいい)
近くで様子を見ていたフェアリンは
動揺していた。
回復タイプの自分では何も助けられない。
話を聞けば、精神崩壊を起こしているらしいが、
エルフ達に回復魔法を
使ったせいでもう魔力がない。
そもそも壊れてしまった心を戻す魔法などない。
もうすぐ、透明化が切れる。
まだ追手が潜んでいるかもしれないと
ジャックをエルフ達の側に残したのは
愚策だった。
今から間に合うだろうか?
ジャックを連れてくれば、
この窮地を脱することができるかもしれない。
そう苦悩していたそのとき、
アルテミスが駆けだした。
逃げられないようにレオの手足を
切り落とそうとするレッズの目の前に
アルテミスが立ちはだかる。
ちょうど、透明化が切れた。
「アルテミス!」
フェアリンが呼び止めたときには
もう遅かった。
「誰だお前」
レッズが突如として現れた謎の少女に問う。
「許さない……」
アルテミスの聞いたこともない低く、冷たい声。
そして、鋭い眼光。
「どけよ」
「どかない」
「……? 殺されたいのか?
こいつとどんな関係か知らないが、こいつは
命を張って守る価値はないぞ。
こいつは俺らを捨てて逃げた。
そして、拾ってくれたギルドマスターを
殺した凶悪犯だ。」
―――――――――――――――――――――――
「人殺し」
「弱虫」
「お前のせいだ」
「どうして逃げた」
やめろ。やめろ。やめろ。
突如、目の前にフェアリンが現れる。
「フェ、フェアリン……」
どことなく動揺が和らいだ。
フェアリンなら
「ほんと……今まで何してたんだよ、レオ」
「……え」
「グレイスは君のことを命をかけて
助けたけど、今の君を見ても何も変わってない」
やめろ……それ以上言わないでくれ
「君を守って死んだグレイスは……」
それだけは
「犬死にだった」
その言葉が精神を破壊する。
ずっと恐れていた。
それを言われるのが。
だから、ずっと無法大陸に隠れていた。
もういやだ。
誰か殺してくれ。
無我夢中で逃げる。
逃げ場のない闇の中に、
突如としてグレイスが立ちはだかる。
「レオ……」
失望したグレイスの目。
「見ないで……見ないでくれよ……
グレイスさん……そんな目で
俺のことを見ないでくれ」
―――――――――――――――――――――――
「違う!!!!!!!!!」
自分よりも倍以上にでかいレッズ相手に
アルテミスは反論した。
「レオはそんな人じゃない!!!!!!!!」
「……あ?」
「レオは優しい!
レオは強い!!
レオは私のヒーロー!!
この世界を救ってくれるヒーローなの!!!
お前なんかに負けない!!!!」
アルテミスの姿は、レッズからは
無知で恐れを知らない
子供にしか見えなかっただろう。
しかし、これがレオならばはっきりと
見えたはずだ。
己の長い髪を獣のように逆立て、
イーターのオーラを膨張させているのを。
その光り輝く少女は息を飲むほど
神々しかった。
アルテミスから発生するイーターのオーラが
苦しむレオを包み込んでいく。
アルテミスは優しくレオの手を握った。
―――――――――――――――――――――――
直後、誰かに頭をチョップされた。
「いたっ!」
驚いてレオは振り返った。
「はあ……全く……お前は相変わらず
豆腐メンタルだな」
「……え」
そこにはもう一人のグレイスが立っていた。
前方に立っている失望した顔の
グレイスとは対極的に、
まるで世話のかかる我が子を見るような
慈しむ視線を向けてくる。
その表情を見て、レオははっとした。
どうして忘れていたんだろうか。
自分の知っているグレイスさんはこっちだと。
そうか。
この世界はレッズの見せた幻覚。
なのに、どうしてそれに気づけた?
なぜ正気を取り戻せた?
どうして本当のグレイスさんが現れた?
疑問はたくさんある。
だが、そんな疑問がどうでもよくなるほど
気持ちが晴れていく。
それどころか力が湧いてきた。
壊れた心が修復していく。
闇が晴れ、世界が光に包まれる。
「おいおい……レオ。
お前、まさか前にいる俺の偽物の言葉に
そんな傷ついていたのか?」
グレイスさんは前方にいる偽物を指さす。
「消えろよ……偽物が。
これ以上、レオを苦しませんじゃねえ」
グレイスさんがそう睨むと、偽物はどこかに
消えた。
ああ……そうだ。
俺の知っているグレイスさんは
強くて頼りになる人だった。
俺に対して悲観的な言葉を言った
ことなどない。
常に前向きだった。
「立てよ、レオ」
差し出されたグレイスさんの手を握り、
俺は立ち上がった。
「……グレイスさん」
これが俺の想像の中の
まやかしに過ぎないのは、重々承知だ。
だが、言わざるを得なかった。
彼が本物のグレイスさんじゃなくても。
「……俺のせいで……俺のせいで
ごめんなさ」
そのとき、グレイスさんに頭をチョップされた。
「謝るな。
そんなの俺が求めていると思うか?」
「……」
「俺が求めているのは何だと思う」
「グレイスさんの意思を継いで、
世界を平和にすること」
「ちげえよ……。
その前にすることがあるだろ。
お前が前を向いて歩くことだ」
その言葉にようやく気が付いた。
俺がずっと過去を見ていることに。
「せっかく強くなったのに、
今みたいに後ろばっか見てたら
餓狼には勝てないぞ」
「……はい」
強くなった。
自分が作り出した偽りのグレイスさん。
だが、それでもその言葉が嬉しかった。
「お前なら大丈夫だ。
俺が選んだんだからな。
俺のパーティーに入るのは
そう簡単なことじゃないぜ?
だから、自信持て。
ほら、そろそろ行ってこい」
グレイスさんが指をさした。
そのさきに、一人の少女が立っている。
「アルテミス……?」
「お前の仲間だろ?」
「仲間……?」
振り返るとグレイスさんは笑みを浮かべていた。
「そうだ。
楽しみにしてるからな。
お前がどんなギルドを作るのか」
その期待の言葉がさらに勇気を与えてくれる。
「この世界を頼んだぞ。レオ」
そう言って、グレイスさんは力強く
俺の背中を押した。
これが想像の中だとしても構わない。
きっと、グレイスさんと話せるのは
これが最後になる。
それなのに、最後が謝罪でいいのか?
いいわけないだろ!!
「グレイスさん!!!!」
俺は振り返る。
不思議そうにグレイスさんは俺の言葉を
待っていた。
「俺は必ず、アブソリュート・ルーラーズ、
いや、グレイスさんのギルドを超える
最強のギルドを作ってみせる!!
見ててくれよ!!!!」
そう叫ぶとグレイスさんは嬉しそうに笑みを
浮かべて手を振ってくれた。
俺は待っていたアルテミスのもとに駆け寄り、
差し出された右手を握った。
この世界が消える。
「グレイスさん……」
消えゆく世界に残る彼に
「俺を選んでくれてありがとう」
お礼を言って現世に戻った。
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