第35話 地獄
辺りに血潮が飛び、部下たちの悲鳴が飛び交う。
大剣の住人、弓を携えた住人、杖を持った住人。
それぞれが逃げ惑う冒険者たちを狩っていく。
「開かない!? どうして扉が開かないんだ!」
とある冒険者が一人で逃げようと扉に向かうが、
その扉は石のように硬直してびくともしない。
「な、なんだこの印……」
その扉にはさきほどまでなかった
謎の印が刻まれている。
「こ、これってまさか結界魔法……」
直後、その冒険者は背後から
鋭い刃物のようなもので突き刺された。
「ああああああああ!!! い、痛い!!!」
痛みにもだえ苦しむ中、ぐいっと体を持ち上げらえる。
「うあああああああ!!!」
冒険者は杖を持った地獄の住人の鋭い爪に
突き刺されていた。
「だ、誰か助けてくれえええええ!」
それを見かねた仲間が助けようと駆け寄った瞬間、
弓を携えた地獄の住人の放った矢が
仲間の足に突き刺さる。
そして、彼らは痛みに悶絶しながら、
「いやだ……助けてくれ……
お願いだ……」
ヘルゲートへと引きずられる。
引きずられる冒険者は仮面の男を見た。
「頼む!!! 許してくれ!!
もうしない!! 本当だ」
そんな彼に仮面の男はこう言った。
「最初に切り捨てられた男三人は幸運だったな。
あの一瞬で死ねたんだから」
「え……」
「地獄だと死ねないぞ。死にたくてもな」
そのぞっとする言葉に冒険者は震えあがる。
「誰かあああ!!!! 嫌だ!!
嫌だ嫌だ嫌だ!! 地獄は嫌だ!!!!」
それを最後に冒険者はヘルゲートに放り込まれた。
一人、また一人。
結界によって外に出られなくなった
冒険者たちは、
次々と地獄の住人に捕えられ、
ヘルゲートに連れていかれる。
そんな部下たちを囮に地獄の住人達から
標的にならないように距離を取るレッズ。
あの杖を持った地獄の住人の結界魔法で、
外に逃げられないのは理解している。
(ヘルゲート……
Sランクのサモナーでも扱えるのは
極わずかと聞く。
地獄から化け物を呼び寄せて地獄に誘う。
地獄に連れていかれれば、
もう二度と現世に戻ることができずに、
終わりのない拷問を受ける。
そんなのごめんだ)
「レッズさん!! 助けて!!」
地獄の住人に捕まった部下が必死に手を伸ばす。
それを無視してレッズは逃げた。
(冷静になれ。
たしかにヘルゲートを使う冒険者がいるのは
想定外だった。
あの地獄の化け物三体を俺一人で
倒せるか怪しい。
倒せたとしてもSランク以上の
あの仮面のサモナーを倒せないかもしれない。
それなら、時間が経つのを待つべきだ。
ヘルゲートは強力な魔法だが、
強力ゆえに多くの魔力を消費する。
持続できる時間は10分。
ヘルゲートがなくなったら、魔力のなくなった
あの仮面の男を倒し、アゼと合流して逃げた
エルフどもを捕える。
大丈夫だ。任務を遂行できる。
俺にはまだ切り札があるからな)
―――――――――――――――――――――――
同時刻。
エルフ達とともに逃げたジャックは
完全にレッズの部下であるアゼ達に
包囲されていた。
「お~これはこれはジャックさん。
お会いできて光栄です」
フードを被った背丈の低い盗賊が
前に出る。
「会うのはこれが初めてじゃないだろ?
さっきレッズと戦っていた時に
俺の動きを止めたのはお前じゃないか?
ハイエナのアゼ」
【アゼ】
盗賊
種族 獣人
冒険者ランク S 序列81位
そのジャックの言葉にアゼは口の端を吊り上げる。
「いや~嬉しいですね。私の通り名をご存じとは」
「嫌でも耳にするからな。
勢力のある組織に身を隠して、いつも
おいしいところを頂く。
今度はレッズのギルドを選んだわけか」
「長い物には巻かれるのがこの世で
最も生きやすい世の中ですからね。
ちなみに、私はあのレッズという
青年を選んだわけではありません。
さらに、その上にいる者を選んだのです」
「……餓狼か」
それに返答はなかった。
「お話はこれくらいにしておきましょうか。
もう逃げ場もないですし、
大人しくエルフ達を返してもらえますか?」
「返す? あの子たちはお前らのものじゃない」
フェアリンの透明の効力がきれ、
完全に姿を現して怯えるエルフの女たち。
「いやいや、もう彼女たちは奴隷になったんですよ。
もう帰る場所も家族もいないじゃないですか」
その言葉にジャックは歯を嚙みしめた。
一体誰のせいだと、怒りを滲ませる。
「あのエルフたちをどうやって逃がしたのかは、
後でじっくり教えてもらいます」
「教えるかよ」
瞬間、ジャックは背中に背負った剣に手を伸ばす。
しかし、体がぴたりと制止した。
「ははっ!
さすがに貴方相手に私一人で来たりしませんよ。
私の部下が数人潜んでいます」
そいつらに拘束魔法をかけられたか。
姑息な盗賊のやりそうなことではある。
「さあ、もう分かったでしょう。
痛い目を見る前に大人しく」
「そう来ると思っていたぜ」
「え?」
アゼが動揺の声を漏らした瞬間だった。
森の中で爆発音が響く。
なんだとアゼはその方角を見る。
その方角から血だらけの部下が吹き飛んできた。
と同時に森の茂みからロナとケイリーが出てくる。
「全く僕たちも舐められたものだ。
そちらが優位に立ってると思ってるんだからそうなる」
ケイリーは眼鏡をくいっと上げて自慢気に言う。
【ケイリー】
魔法使い
種族 ドワーフ
冒険者ランク A 序列41位
「ケイリー先輩! こちらも終わりました」
続いて、ロナが気絶した
二人の盗賊を引きずってくる。
【ロナ】
戦士
種族 ヒューマン
冒険者ランク A 序列79位
アゼはロナとケイリーの右胸に付けられた
輝く大剣の紋章を見て、
顔を真っ青にした。
「その紋章はホーリー・ガーディアンズ!?」
アゼはゆっくりと後退する。
(迂闊だった……
ホーリー・ガーディアンズの数名が、こ
のエルフィアに常駐していると聞いていたが……
まさかあいつらと合流していたなんて。
ここは一度て)
直後、アゼの目前に刀身が迫った。
「身代わり!!」
間一髪のところで、アゼは身代わりを
囮にしてジャックの攻撃を躱す。
拘束の解けたジャックから逃げようと、
「幻霧」
霧を発生させる。
「逃げるな!」
ケイリーの叫び声虚しく、
あっという間にアゼは彼らから距離を取った。
(危なかった……
あのジャックとまともにやり合ったら)
アゼは冒険者の中では古参。
昔に名を馳せた冒険者もよく知っている。
特にジャックともなれば、名前だけではなく
その強さもよく認知している。
敵として遭遇すれば、絶対に逃げれないと
恐れられていた。
圧倒的なまでの速さと剣捌き。
そして、その速さと剣捌きから繰り出される
飛ぶ斬撃。
アゼははっとした。
自分は逃げるべきじゃなかったと。
一番背を向けてはいけない相手ではないか。
そう気づいて後ろを振り向いた瞬間だった。
「飛斬(ひざん)」
ジャックは己の剣を目にも止まらぬ速さで振りぬいた。
空間が揺れ、その斬撃はアゼを
目掛けて一直線に飛ぶ。
昔の冒険者たちはジャックを恐れ、
その多用する技名にちなんでこう呼んだ。
飛斬のジャックと。
「うああああああああああああああ!!!」
アゼの断末魔が森に響いたと思った瞬間、ぴたりと
その声は止んだ。
「斬った」
ジャックは刀身を鞘に納めてそう言った。
【飛斬のジャック】
剣士
種族 エルフ
冒険者ランク 元S 序列元2位
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