第20話 あれから……②

「治せ」


仮面の男は血塗られた刀身を、恐怖で腰を抜かしてしまったセリファに突きつけた。


「は、はい!!!」


セリファは首だけになってしまった

ルードと主人を一瞥した後、すぐさま少女の

治療に入った。


その様子を多くの人が見守る。


「見せ物じゃねぇぞ」


仮面の男のその言葉に皆が散った。


「な、治しました……」


「もう行っていいぞ」


セリファは顔を真っ青にしながら

立ち去って行った。


仮面の男は腰を下ろして少女と同じ視線の

高さに合わせる。


「……」


少女は怖がって何も言葉を発せない様子だった。


「まぁ無理もないか」


仮面の男は苦笑しながら懐に手を突っ込む。

取り出したのはチョコレートだった。


「ほら、これ食べたことあるか?

無法大陸だとあんまり手に入らないんだよ」


そう差し出すと少女は犬のように

スンスンと匂いを嗅ぐ。


そして、何の躊躇いもせずに

それをパクっと口に入れた。


その瞬間、


「おいしいいいい!!!」


少女に年相応の元気が戻った。


「お前はいいヒューマン!!」


少女が指を指して言う。


「言葉は分かるんだな」


「うん!! 少しだけ!」


「どこから来たんだ?

出身とか分かるか?」


「んーーーー分かんない!!!

森の中で綺麗な湖があって、

ふわふわした地面で、

おっきな水たまりがあった!」


「森の中? ふわふわした地面?」


それはエルフの住むエルフィアか?

でも、エルフィアにヒューマンが住んでるなんて

聞いたことがない。


それにこの美しい髪と目。

今まで会ってきたヒューマンとは異質だった。

もしかして……未開の地のまだ発見されていない

ヒューマン一族か?


「家族は?」


「家族? んー、いないよ!

森の中を歩いてたら人がたくさん来て

連れてかれた!」


「その前は?

どこでどんな生活をしてたんだ?」


「覚えてない!

起きたら森の中だったの!

あとね! アルテミスはね、

アルテミスって名前なの!」


「アルテミス? それがお前の名前なんだな」


「うん! お前は?」


「俺は……………」


仮面の男は何やら押し黙った。


「どうしたの? なんでそんなに悲しそうなの?」


「いや、悲しいわけじゃなくて」


「悲しんでる。そんな気がする」


「おかしなやつだな」


「ねぇねぇ顔見して?」


「そ、それは……」


「見して?」


仮面の男は再び黙り込んでしまった。

だが、その直後。


不思議な感覚にとらわれた。


見せても大丈夫。

この少女は信用できる。

彼女は自分を騙そうなどと考えていない。


そう思えてしまった。


それが仮面の男が有するイーターの

能力だからなのか、あるいは―――――


「………誰にも言うなよ。

俺は……レオだ」


仮面の男は自らの仮面を外して少女に打ち明けた。


すると、少女はにっこりと笑みを浮かべて、


「やっぱりレオはいいヒューマン!!」


そう言った。


「なぁアルテミス。俺からも質問があるんだが」


「なにー?」


「お前………イーターだな?」


―――――――――――――――――――――――


無法大陸の酒場には強面の男たちが居座る。

子供や女は立ち入れる空気ではない。

新参者の男ですら、見慣れない顔だなと

声をかけられる。

そこで気前よく、

居座る連中のボスに金を貢げば良し。

貢がなければ酒場を出たあと、二度と

歩けない体にされる。


「聞いたかよ」


「またやられたらしいな」


加えて、酒場は不法に手を染める

冒険者や犯罪者たちの

情報共有所にもなっていた。


「ああ。奴隷商売人がまた斬り殺されたってよ」


「ほんとかよ。この大陸じゃ奴隷狩りが

一番稼げる仕事なのによ。

なんで闇ギルドはその仮面の男を

野放しにしてるんだ?」


「それがそいつ

とんでもなく強いって噂だぜ。

あと消息が掴めないとか」


「はあ……誰かそのふざけた野郎を

ぶち殺してくれねえかな……

せっかく今は数年前より

奴隷狩りがしやすくなったのに」


そう冒険者たちが酒場で

会話をしているときだった。


ぎーっと扉が開く。


「お、おいあれ……!」


「あ、ああ……間違いねえ。

仮面の男だ」


冒険者たちが息を呑む。


仮面の男はそんな彼らを横切った。


あれが噂の……

誰もが緊張して体が動かなかっただろう。


その背後からとことこと歩いてくる

少女の姿を見るまでは。


「ここどこ?」


「ここはご飯を食べるところだ。

腹がすいているんだろ?」


そんな緊張感のない親子のような会話が

酒場内に響き渡った。


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