第49話 報告書



Side アイリース騎士団長


王城にある騎士団長室で、椅子に座ってミミから提示された書類に目を通している。

騎士団長にあげられる陳情書は、騎士団の中の役職の人たちが目を通して私の元まで来るが、今見ている騎士隊からの報告書は、直接私の元まで来る。


だから、こういう嫌な報告も来るわけだ……。


「ミミ、この報告は本当のことなのか?」

「私には分かりかねますが、オルブラン様が調べての報告ですから……」

「オルブランか……。

奇跡の情報収集家の、オルブランが調べてこれか。

ならば、こちらでも調べる必要があるな……」


その私の言葉を聞いて、ミミが頭を下げる。


「それでは、サネグス内部調査隊を動かします。

ベッチェイ、キブローを使って調査しましたが、結局尻尾を出しませんでしたから」

「ベッチェイ、キブローの調査能力をも上まわる隠蔽か?

サネグスで、大丈夫だろうか?」

「サネグス内部調査隊は、陛下直属の内部調査隊です。

同じ騎士団に所属していたベッチェイ、キブローとは違い、メンバーが公表されていません。

問題ないかと思われます」

「……なら大丈夫か。

それにしても、ブランシス騎士隊は何を考えているのだ?

助っ人に召喚した異世界人を、奴隷として売却するとは……。

しかも、報告書には異世界人は依頼中に亡くなったとあった」


報告書の虚偽報告は重罪だ。

それに、異世界人の奴隷売買も発覚した時点で重罪だぞ。

にもかかわらず、証拠がないと罰することもできないとは……。


「ミミ、セシリア隊長は午後からだったな?」

「はい、新しい依頼を任せるとのことで呼び出しております」

「本当なら、この報告書のことで聞きたかったんだが……」

「仕方ありません。

オーラス辺境伯、ジャバスロー侯爵様からブランシス騎士隊を擁護するような文書が届きましたから……」

「表立って、調べることができなくなったとはな……」


まったく、貴族とは厄介な連中だ。

王国の騎士団団長ですら、こうして気を使わねばならんとは……。

仮にも私は、第二王女でもあるのだぞ?!


私はため息を吐き、見ていた報告書を机の上に置く。

すると、そのタイミングで、団長室の扉がノックされた。


「はい」


私の代わりに、ミミがノックに答える。

すると、すぐに扉の向こう側から声が返ってきた。


『ホグランです』

「入ってくれ!」


そう私が返事をすると、扉が開いて一人のローブを着た魔術師の男が入ってきた。

このホグランという男は、異世界人召喚の責任者でもある宮廷魔術師の一人だ。


「呼び出したりしてすまないな、ホグラン」

「いえ、騎士団長の要請ならば、断る理由はございません」

「まあ、座ってくれ」


私は、部屋の中央にあるソファに座るように促すと、椅子から立ち上がり、対面のソファに腰を掛ける。

私が座ってから、ホグランも座る。


「それで、今日はどのような御用でしょうか?」

「うむ、先日陳情にあった異世界人召喚の件に関してだ」

「では、ブランシス騎士隊の要請していた異世界人召喚をお認めになるので?」

「いや、それは却下するつもりだ。

陛下からも、認めるわけにいかんと言われているからな」

「そうですか……」


というか、認められるわけないだろう。

ブランシス騎士隊は、異世界人の奴隷売買の件で調査対象となっている騎士隊だ。

そんな騎士隊の異世界人召喚の要請など、まず通るはずがない。


さらに、ブランシス騎士隊は九十人以上いる騎士隊だ。

そんな大所帯の騎士隊に、異世界人を助っ人に加えるなど考えられん。

自分たちの騎士隊が、無能だと言っているようなものだぞ?


異世界人召喚は、助っ人となる異世界人を召喚するものだ。

しかも、前のセシリア騎士隊に加えた異世界人を召喚してから一カ月も経過していない。

そんな短期間に、何度も異世界人召喚をおこなうことはできないことになっているはず。


なぜ、この要望が通ると思って提出してきたのか……。


「それと、これだ」


私は、一枚の紙をホグランの前に出した。

そこには、国家間の異世界人交換の要請書と書かれていた。


つまりこれは、他の国で召喚された異世界人の交換要請だ。


「……ジルバスから、ですか」

「デルビスジルバス王国。

我が国の隣にある国からの要請なのだが……、ここだ」


私が指さしたところを見て、ホグランは大きく目を見開いて驚いたようだ。

この男が驚く姿は、あまり見たことないから新鮮だな。


「マドレーヌ……」

「ホグラン殿の、妹君だったかな?」

「元、です。離婚した母と一緒に、隣国へ行ったそうですから……」

「そうか……」

「騎士団長、隣国からの異世界人の交換要請はどうなさるおつもりです?」

「断るつもりだ。

陛下からも、応じることはできないと言われている」

「分かりました。それを聞いて、安心しました」

「話は以上だ。呼び出して悪かったな」


話が終わりと分かると、ホグランは立ち上がる。


「いえ、どちらも私に関係あることですので」


そう言って頭を下げて一礼すると、部屋から出ていった。

一応、知らせておかなければならないことだからわざわざ来てもらったが……。




▽    ▽    ▽




Side アイリース騎士団長


午後、騎士団長室の扉を誰かがノックした。


「はい」


ミミが、私の代わりに返事をする。

すると、扉の向こうから、返事が返ってきた。


『セシリア騎士隊隊長のセシリア・アーグバロンです!』

「入れ!」

『失礼します!』


そう言うと扉が開き、騎士団長室にセシリアが入ってきた。

少し緊張しているか?

まあ、あの報告書を今朝、提出したばかりだからな。


何か言われたりするのかと、構えているのだろう。


「セシリア隊長、君を呼び出したのは他でもない。

新しい依頼を受けてもらおうと思ってな」

「え?」

「ん? 不服か?」

「い、いえ! 今朝提出した、報告書のことを言われるのかと思っていたもので……」


やはり気になっていたようだな。

だが、あの報告書に関しては、いろいろなところが動いているようで答えがまだ出ていない。


それに、何やら不穏分子も動いているようだからな……。


「その報告書については、こちらで精査するからもう少し待て。

いろいろと、問題があるようなのでな……」

「ハ、ハッ!」

「ミミ」


横で控えていた、メイドのミミが頷き、セシリアの前に移動する。

そして、脇に持っていた書類をセシリアに手渡した。


「……これは?」

「君たちセシリア騎士隊には、オルムーンまで行ってもらいたい」

「オ、オルムーン?」







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