いじめ返し

早坂 実

第1話 DAWN

ゆ、


ゆる……


      さ……


 黒く渦を巻き、歪む奥の底から、幻聴のようなものが、彼女の心に触手のように纏わりつく。ドクドクと浸食され、得体の知れないモノが、彼女を足の先端の内部から焦がし溶かしていく。物理的な熱さとは違う、心を喰らう黒い熱さが、彼女を蝕んでいく。


 しかし、次の瞬間、目の前が、突如として白く光り、温かさが出現した。その黒い熱さから、彼女は一気に解放された。


「はぁ……、はぁ……。」


目を開けると、彼女の体は、汗で浸されているのに気付いた。それ以外は、机、本棚、自身がはまっているアイドルのポスターなど、見慣れた彼女自身の部屋だった。

何とも目覚めの悪い朝である。女子高生としては、彼氏のモーニングコールで起こされたいものだ。しかし、彼女には、彼氏はいない。


 ―な、何か、嫌な夢だったな……。―


 ベッドの上にいる彼女は、ふと時計に目をやった。時刻は、朝七時半。

「マジか……、遅刻しちゃう……。」

彼女は、急いで、洗顔しに、一階へと駆け下りた。ドアを勢いよく開けた拍子に、箪笥の上に置いていたカードタイプの学生証が床へと落ちた。

 

そこには、桜井 美鈴と記されていた。






「いじめ返し」







―日本国、某日、某所―

「アメリカのスパイについてですが……。」

その男性は、背丈が高く、漆黒なスーツに身を包み、体躯が良い。顎からもみあげラインまで、短く生やす髭が特徴の男。丁重に話す口調は、紳士のそれである。しかし、眼光は鋭さを極め、瞳は、冷たい炎を燃やす冷酷さを物語っていた。


「何でしょう……。」


このやりとりは、ある一室で行われている。照明は薄暗く、外から来る光を最小限にゴシックワークルームにおいて、化学、科学、歌学、生物、数学そして歴史に纏わる書物が、書棚に埋め尽くされていた。


 返答する女性は、話す男よりも背丈が低く、リーンボディである。髪は、ホワイトシルバーのロング、唇は葡萄(えび)色で、鼻筋は綺麗に通っていた。中縹色(なかはなだいろ)のパンツスーツに身を纏う彼女は、上品かつ知的な雰囲気を漂わせていた。凛とした姿で、年季が入った椅子に腰かけている。


「我々と密通している日本人のCIAから報告を受けました。」


 CIA在籍の日本人は、教養、料理、容姿は勿論のこと、男性を立てることのできる女性である。戦後にアメリカ人と結婚し、そこからCIAに在籍している。日本側が、事前にCIAと関係のあるアメリカ人男性をピックアップし、一番懐に入れそうな男性にアプローチをしたのだ。作戦は、見事に成功した。当時の日本の上層部は、太平洋戦争に負けることを予期し、一時的に「負け」を受け入れ、米英支三国宣言を承諾したのである。


全ては、日本が勝つために。


 しかし、状況が一変するのだろう。男性は、厳しい表情を浮かべていた。それを察した女性の目は、鋭さを増した。

「詳細を……。」

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