第5話
「この部屋から素直に出ると、さっき鹿島さんが手こずった鳥が三羽ぐらい待ち構えています」
『げ、あの鳥が三羽も?』
「しかも、爆発する樽を投げつけてくるのでもう、面倒くさいです」
『それは確かに』
声からも、黎人がウンザリしている様子が伝わってくる。
「たぶん、正規のルートはそっちだと思うんですが、このゲーム、びっくりするぐらい裏道が多いんですよね」
『近道すんの?』
「はい。ただ、途中のアイテムとか取り逃しちゃうので、普通にやるなら正規ルートの方がおすすめなんですが、一旦近道で奥にある祝福まで行ってから引き返す方が簡単だったりするんですよね」
大量の敵が待ち構えているような場所―たとえば、最初に黎人が手こずったという正門前にしても、脇道から裏側に出ると、待ち構えている敵陣の真後ろを取ることができる。
亡者のような設定だからなのか、敵の反応は緩慢で、すぐ横の味方が倒されても反応しないことも多い。
そうした敵を各個撃破していけば、激戦エリアも比較的簡単に制圧することが可能となる。
「まあ、見ていて下さい」
そう言って航は城壁の塔の祝福がある部屋を出る。
正規ルートである外へ向かってではなく、塔の内側―つまり逆戻りする方向へ向かってだ。
部屋を出た航のキャラは、螺旋階段の続きを登ってさらに上を目指す。
ほぼ塔のてっぺんまでやってくると、床は抜けているが、元は屋根裏部屋のような扱いであるらしく、塔の中心を貫く昇降機の巻き上げ機が設置されていた。
たまに遭遇する敵をスムーズに処理して、細い通路を通って外に出る。
そこは塔の屋上にある高台になっていた。
周囲は流刑兵が大量にいるので慎重に動く。建物の陰に潜んでいる一体を始末し、しゃがみながら動いて、立っている歩哨を黙らせる。
この二体以外は実は休眠状態で、あからさまに戦闘状態に入ったり、直接攻撃をしたりしなければ立ち上がってこないので、やはり各個撃破を心がけることが大切だった。
『ここが近道なのか? でも、行き止まりじゃないの、ここ?』
黎人の指摘ももっともで、高台は周囲を胸壁に囲まれており、「通路」は見当たらない。
しかしもちろん、ここで間違いはない。
「ここ、ちょっと見てもらえますか?」
そう言いながら航は自分のキャラを壁際の、ある場所に移動させた。
『ここ? 別にアイテムとか落ちてないよな?』
黎人のキャラが、航が示した場所の付近を行ったり来たりして確かめる。
「そうです。アイテムとかじゃないんですよ。土嚢が置いてあるじゃないですか?」
『どのう? この袋のこと?』
「そうです。このゲーム全般、他のところでも共通するんですけど、他の小物なんかはちょっと触っただけですぐに壊れる物が多いんですが、いくつか壊れないオブジェクトが置かれているところがあるんですよね」
『あ、ほんとだ。乗っても壊れないな』
「で、ここの壁とか、単純なジャンプでは乗り越えられない段差のそばに配置されていると、僕なんかは『ここを足場にして下さい』っていうメッセージだと捉えるんですよね」
『ああ、この壊れない小物を踏み台にして、ちょっと高い場所に登るのね』
「そうです」
エルデンリングだけではないが、フロムのゲームはいい意味で不親切なので、こうした些細な兆しを見て制作者の意図を読み取るのが一つの楽しみになっていた。
なるほど、と納得しながら、土嚢から壁の上に登ったところで黎人が呟く。
『……さっきも思ったけど、マジでここなの?』
「まあまあ、ついてきて下さいって」
航は慣れた操作で壁の上に登り、身を乗り出す。
一瞬間合いを測り、そしてジャンプする。
目指すのは隣の塔。
通路ではなく、細い壁から庇を伝い、隣接する別の建物にジャンプするのだ。
エルデンリングのキャラは跳躍力があるわけではないので一歩間違えれば隙間から落ちる。
実際、黎人は一度落ちて、マルチのつなぎ直しになった。
しかしその悪路を乗り越え、黎人の嫌いな猛禽類の敵を一羽仕留めると広々とした屋根の上に出るのだ。
『こんなとこを歩き回るのか!?』
屋根の上に着地したところで、黎人は驚き、呆れ、感銘、全部が交ざった声を上げる。
しかし、敵が配置されていたり、降り立った向かいにアイテムが置かれていたりするところからもわかる通り、こんなとんでもない場所も、ルートとしてしっかり考慮されているのだ。
気持ちはわかる。
よくここまで作り込むものだと、フロムゲーを愛好している航ですら毎回呆れるほどだからだ。
そう思いながらも、航はさらに先に進む。
また一つ小さな隙間を飛び越えて、今度は別の建物の出っ張りに乗り、キャラの足が半分はみ出すような心臓に悪い状況になりながらも構わず進んで行く。
ボイスチャットから、『ひぇ』とか『うわ』とかの声が聞こえてくるが、それ以上の疑問などは差し込まず、黎人は大人しく航についてやってきた。
建物を半周するように長々と不安定な足場を進んで行くと、眼下に開けた場所が見えてくる。
別のルートで通る通路を、ちょうど上から見下ろした形になる。
そこに、何体かの敵が配置されているのが丸見えになっていた。
『あ、ここにもいるのか、あのエグい奴……』
別の個体ではあるが、何度か殺されてきた黎人が呻く。
黎人が見たのは、失地騎士と呼ばれるタイプの敵で、体力もありこちらの攻撃にも怯まず、さらに遠慮なく戦技を連発してきて慣れないプレイヤーだと一瞬で殺されてしまう。
正直に言えばこんな序盤の雑魚として配置されるには反則級のとんでもない敵なのだ。そんな相手と、まっとうな進み方で行くと正面から戦わなければならないところなのだが、今は違う。
航は遠慮なく武器を長弓に持ち替えて狙いをつける。
ひゅん、と鋭い音を立てて放たれた矢が、失地騎士の体を貫く。
攻撃されたことで迎撃態勢に入った失地騎士。
本来であればプレイヤーを察知した途端、一直線に襲いかかってくるところだが、今は高低差という見えない防壁が立ちはだかっている。
こうなると、さすがの失地騎士もこちらを睨みつけたまま左右に動くことぐらいしかできないのだ。
対して航は、二発、三発とためらうことなく矢を放つ。
そしてさすがの耐久力でかなりの本数を必要としたが、失地騎士はこちらに一撃も返すことができないまま倒されてしまった。
『おぉ! こんなに簡単に勝てんの!?』
距離も比較的近い上に、遮蔽物もないので当てるのも簡単。矢の本数は多少必要だが、いくつかの種類を使い分ければ、弾切れすることもないだろう。
「こういう、狙撃ポイントがけっこうな数用意されてるんですよ、このゲーム。なので、素直に進んで行く中で詰まったりしたら、こういう別の場所から狙い撃ちできないか探すのもおすすめですね」
『へぇ』
「好みの問題ですが、絶対に近接だけでやりたいという人じゃなかったら、遠距離攻撃の手段はなにか一つ持っておくと楽になりますよ」
他人の信仰には口を出さない。
それはゲーマーの鉄則ではあるが、便利なのは確かなのだ。
『なるほどなぁ』
他にもあちらこちらを連れ回して、楽に敵を屠れるポイントを伝授する。
もちろん、ストームヴィル城を攻略してしまえば用はなくなるかもしれないが、同じようなポイントはいくつもあるので今後の参考になるはずだと考えたからだ。
「このゲーム、もちろん超絶テクニックで圧倒するようなプレイヤーもいますけど、こういう工夫で切り抜けるのも立派な手段の一つなんですよ」
そういう、いくつもの方向性で進むことができる上、それぞれ破綻させずにバランスが取れている。
本当に懐が深いゲームで、航はそんなところが大好きだった。
「ちなみに僕は、テクニック自体は普通です。真正面から突っ込んでいくのはリスキーすぎるので、状況や、自分が持ちうる条件、攻撃手段、押したり引いたりの見切り―ありとあらゆる要素を駆使して、敵を搦め捕るぐらいの気持ちの方が楽できますよ。なんなら、卑怯戦法万歳ぐらいな気持ちです」
正面から戦ったらあっさりと殺されてしまう敵をチクチクと一方的に削ると、ちょっと歪んだ喜びを覚えてしまうのである。
「くくく、悔しかろう」
などと、コントローラーを握って思わず一人で悪役ムーブをかますこともたまにあった。
黎人がこちらのフィールドに乗ってきてくれるのが嬉しくて、航の解説にも力がこもっていく。
押しつけがましくならないように気をつけながらも、熱心に、そういう正面から突っ込む以外の戦い方とその魅力を語っていると、いつの間にかボイスチャットの向こうの黎人が静かになっていた。
(――あ、しまった。やりすぎた!?)
黎人がどん引きしてしまったかと心配しかけたのだが、次に聞こえた黎人の言葉は、思いもしないものであった。
『は~、なるほどなぁ。色々考えてやるとそんなに変わるものなんだな』
黙り込んでいたのは単純に感心していたためであるらしい。
どん引きされなかったとわかってホッとする航だったが、黎人の言葉はそれで終わりではなかったのである。
『お前、ゲームならそんだけやれるのに、なんで営業下手なんだ?』
「へ? ど、どういうことです……?」
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