第6話


 ゲームをプレイしていたら、


『お前、ゲームならそんだけやれるのに、なんで営業下手なんだ?』


 いきなり営業の下手さ加減を指摘された。

 その飛躍についていけず、航は腹が立つというよりただただ唖然とするだけだった。


「えっと、結局、ど、どういうことです……?」


『いや、お前が喋った内容、まんま営業にも通じるじゃん』


 混乱しすぎて、航は自分が何を喋ったのかと慌てて反芻する。


『つまりだな、買って下さい! と真正面から突っ込むだけだと、偶然にもこっちが勧める商品を欲しがっていたような場合以外は「結構です、さようなら」だ』


 そんな都合がいい場面など滅多にないから、営業は難しいのである。


『とんでもないテク―俺達の場合は口八丁手八丁の話術とかだけど、そういうのがあれば切り抜けられることもあるが、大抵は無理だろ?』


「そ、そうですね」


『それさ、今の俺がゲームで行き詰まっていたのと同じじゃない?』


 飛躍していると思ったら、本当に飛躍していたロジックに、航は思わず声を上げる。


「いや、ちょっと待って下さいよ、そんな、ゲームと現実とは一緒じゃないですって」


 あるいは回線の向こうで、酒でも飲んでいるのかと疑うところだが、黎人の言葉は止まらない。


『相手の裏側に回り込んで何が必要なのか予めリサーチしたり、距離感測って相手が怒らないような頻度で顔見せしたり、失敗して怒らせたら熱が冷めるまでちょっと離れてみたり……。要は、自分が望む状況を引き寄せるためにありとあらゆる手段を尽くす感じだろ?』


「いや、まあ、それはそうですけど……」


『俺だって、ゲームと現実がまったく同じだとは思ってねぇよ。そうじゃなくて、お前は状況に応じて裏を読んだり、工夫したりすることができる奴だ。けど……間違ってたらごめんな。お前の数字を見てたら、あれ、真正面からぶつかって要らないって言われたらすぐに引き下がる奴の数字なんだよな』


 時代錯誤も甚だしいと思うのだが、樹リースのオフィスには、個人営業成績が堂々と張り出されており、航は下から数えた方が早い位置の常連だ。


『もっと相手を搦め捕るような動きをすれば、ああはならん気がするんだよ』


 日頃飄々としている黎人が、営業の成績一つでそこまで見抜くとは思ってもいなかったのだが、全く言葉通りだった。


「でも、現実は生きてる人間が相手ですから、こっちの要望を押しつけたら相手に迷惑がかかるじゃないですか?」


『あ~、やっぱりそういうことを考えてんだな。そりゃ、騙して契約取ったら犯罪だけどさ、限度を超えなければ演出だろ? 本当にいい商品でさ、最初は契約する気がなくても、使いはじめた後に「あ、やっぱり契約してよかったな、これ」ってなったらみんながハッピーになれるじゃん』


 なるほど、そういう考え方もできるのかと、航は目から鱗が落ちたような気持ちになった。


『あ、もちろん、お前の主義はあるだろうから、無理強いするつもりはないよ』


「僕、営業やってるのに、恥ずかしい話ですけど人と喋るの苦手で……」


『あ~、そんなこと言ってたな』


「は、はい。特に、初対面の人と喋るのとか本当に苦手で。ただ、まだ仕事だと喋る用件がハッキリしてるじゃないですか」


『営業なら、買って欲しいものがあって、それについてやり取りするというのは、まあ話題をイチから探すよりはハッキリしてるわな』


「そうです! だから仕事の時は、頭の中でありとあらゆるケーススタディというか、やり取りの想定問答集を組み立てて、先方の会社を訪問する前に綿密にシミュレーションをして行くんです!」


 もちろん、相手の反応を全部予想できるわけはない。

 ちょっとでも想定から外れた話題になると、航の場合はがたがたになる。それでは商品まで怪しまれて契約できないのも当然なのだ。


『ただ、俺、お前はもっとできる奴じゃないかと思うんだよねぇ』


「か、買いかぶりですよ」


『どうかなぁ~。ん~、俺、いい加減な奴だから、適当に聞き流しといてくれよ』


 型破りな評価ではあったが、想像もしていなかったような言葉が妙に航の胸に突き刺さる。

 それに、お互いにハッピーになれるという黎人の表現も新鮮だった。


 これまで、営業はどう言い繕っても自分の都合の押しつけでしかなく、熱心にやればやるほど客にとって迷惑にしかならないと思っていた。


 実際、営業は嫌われることも多い。

 しかし、黎人のような考えは、今までしたことがなかった。


 いや、あるいは研修などで互いのためになると聞かされたことがあったかもしれない。

 ただ航にはその言葉はただのおためごかしにしか聞こえなかった。


 なのに底抜けに陽気な黎人の口から聞かされると、真実のように聞こえるから不思議である。


 だからもう一度だけ、がんばってみようかと、そう思ったのだ。

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