第36話  妹の行方

 王都の北方に位置する小高い丘の上に建つクラルヴァインの王宮は、本宮の周囲を幾つもの離宮が囲むような造りとなっており、周囲を森と城壁に囲まれていた。敵からの攻撃に備えるために守りを硬くした造りであるのは間違いなく、籠城した際の水源となるように森の中には湧き水を利用した貯水地も設けられている。


 尖塔が幾つも建つ白亜の城が本宮で、こちらにある大舞踏会場で王太子夫妻の結婚の祝いの宴が開かれているのだが、宴の主役となる王太子夫妻は、舞踏会場の外周を彩る王宮の庭園で、セレドニオが捕まえた侵入者を検分していたのだった。


「エドガルド・エンゲルベルト様をお連れ致しました」


 侍従と共に現れたのはカロリーネの兄であるエドガルドで、セレドニオに拘束を受けた男は驚きに目を見開きながら、

「貴様!我々を裏切ったな!」

 興奮の声をあげている。


 その男の言葉を聞いたエドガルドは、ふくふくとした顔に朗らかな笑みを浮かべながら、

「裏切ったなんて・・一体、どういうことでしょう?」

 と、小首を傾げながら言い出した。


 結婚の障害になるカロリーネを暗殺しようと企んだオルシャンスカの人間に、あえて声を掛けたのがエドガルドだ。

「私は今まで、兄や妹が憎くて憎くて仕方がなかったのです。あなた方がカロリーネを暗殺するというのなら、是非とも協力をさせてください」

 と言ったのは間違いなくエドガルドであり、王宮の舞踏会場まで侵入の手助けをしたのもエドガルドだ。


 まんまとカロリーネを暗殺しやすい場所まで案内をしたエドガルドは、暗殺者たちに視線で合図をした後はパーティー会場の方へ戻って行ってしまった。そのため、暗殺者たちは自分たちが任された仕事を全うするために動き出したのだが・・


「さては・・全ては仕組まれた・・最初からお前は・・」

 怒りで男が顔を真っ赤にして震え出したところで、セレドニオは男の首筋を打ち付けて失神させる。


 王宮に潜り込んだオルシャンスカの暗殺者は八人、その全てが拘束されて暗く沈んだ庭園の中で拘束をされている。

「とりあえずうまくいったみたいですね・・」

 エドガルドが思わず大きなため息を吐き出すと、カサンドラが労うように、

「良い働きでした」

 と、言い出した。


 優秀な兄と美しい妹に挟まれたエドガルドは、小太りでふくふくとしていることからも分かる通り、存在自体が目立たない無害そのものにしか見えない次男なのだが、だからこそ、優秀な兄妹に嫉妬をして・・という話が異国人に信用されるきっかけにもなったのだ。


「とりあえずこれで、オルシャンスカ家の尻尾は捕まえたということになるな」

 アルノルト王子がイライラした様子で言うと、

「カロリーネ様は大丈夫でしょうか?」

 と、心配そうにコンスタンツェが言い出した。


 セレドニオと結婚をしたコンスタンツェは現在妊娠中で、お腹が少し大きくなっている。王太子夫妻が玉のような王子を授かったということで、現在、クラルヴァイン王国は妊娠ラッシュとなっている。王子と年の近い子供が出来れば、将来の側近候補、王太子の婚約者候補に名乗りをあげることも可能となる。


そんな思惑もあってかどうかは分からないけれど、ただいま妊娠中のコンスタンツェは、何があるか分からないということで王太子夫妻の近くで守られていたのだが、そのままその王太子夫妻について現場まで赴いてしまったらしい。


「大丈夫に決まっているわよ」

 カサンドラ妃は大きなため息を吐き出しながら言い出した。

「あの娘ったら、すっかり恋人に振られたつもりで仕事、仕事に邁進していたみたいだけれど、結局、他の男に走りもせずに、ただ一人の男性を愛し続けていたのよ?」

 するとコンスタンツェは興奮を隠しきれない様子ではしゃいだ声をあげた。


「その愛し続けていた男性は、まるで攫うようにしてカロリーネ様を連れて行ってしまいましたわね!まるで鳳陽小説に出てくる一場面を見ているようでしたわ!」


「これが愛だわ!」

「これぞ愛ですわね!」


 きゃあきゃあ騒ぐ王太子妃と社交の青薔薇を、ちょっと冷めた眼差しで見つめていたエドガルドは、心境穏やかではなかったのだ。


 ドラホスラフ王子はカロリーネを連れ去った。そのことは侯爵家としても了承しているし、政治的案件が絡み過ぎて、一侯爵家としては傍観せざるを得ない状態となってはいるのだけれど、自分の妹のことが物凄く心配なのは間違いない事実なので『愛』ではしゃげる気分では到底ない。


「今まで存在感が全くなかった第三王子だが・・」

 部下に失神させた暗殺者を引き渡したセレドニオは、乱れた前髪を掻き上げながら言い出した。

「俺以上に腕が立つから大丈夫だろう」

「・・・」


 エドガルドとセレドニオは同じ年で、同じ侯爵家の次男という身分のために、やたらと比較されることも多かったのだが、はっきり言って、エドガルドはセレドニオが嫌いだ。セレドニオのような男のことを妹は『ギラギライケメン』と呼んでいたが、エドガルドはイケメンが嫌いだ。


「だから心配するな、それに貴殿の妹は、度胸と根性が俺の妹並みにあるからな」


 雲間が切れて、銀色の月が夜空に顔を出すと、その月光を浴びたセレドニオがキラキラ輝いているように見える。エドガルドはふっくらした顔をくちゃくちゃにしながら言い出した。


「これから国同士が動き出す。軍部も省内も、少しの乱れが隙となる。嫁にばっかり夢中になっている暇はないぞ」

「分かっている・・」


 そう答えたセレドニオは、バルフュット侯爵家に婿入りしたはずなのに、未だに軍部への所属を続けている。エドガルドは国内政治に、セレドニオは軍部内の政治の中に潜り込み、国をも揺るがす悪い種がないかを探し出すのが役目でもあるのだが、最近、この種の多さに辟易としているのだった。


「今回の騒動の背後には追放されたエルハム公女がいるようだ」

 アルノルト王子がそう二人に告げると、

「殿下、国王陛下がお呼びです」

 側近のクラウスがアルノルトに声を掛けてきたのだった。


「それでは後は任せる」

 そう言って引き上げていく王太子夫妻とコンスタンツェ夫人を見送ったエドガルドは、大きなため息を吐き出した。


 侯爵家は王家を支える礎に他ならない。ドラホスラフ王子と共に移動をした妹が心配ではあっても、己の役目を果たさなければならないのだから。



                     モラヴィア侯国編へ続く



     *************************



 これでクラルヴァイン編は終わりとなります。カドコミ様よりコミカライズが無料で配信ということもあって、少しでも宣伝になればと思い始めた連載ですが、結局ドロドロザマアとなりました。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです!!次回は隣国に移動して、女の戦いあり、男の戦いありでお送りしたいと思います。


 近々、コミカライズで掲載中の作品が単行本で発売!!こちらの方には『鳳陽編』(小説)が完全書き下ろしで載っていますので、作中に出てくる皇帝やら皇后やらがどんな人なのか・・が読んで楽しめる一冊でもあります!!発売日など正式に決まりましたら、再び宣伝の意味も兼ねてモラヴィア編の掲載を始めていきたいと思っております。お待ち頂ければ幸いです!!

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悪役令嬢は王太子妃になってもやる気がない もちづき 裕 @MOCHIYU

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