第31話 羨ましがっている暇はない
「お母様、私の元には隣国の様々な噂が流れてくるのですけれど、最近ではドラホスラフ殿下は、毎日のように、お兄様の婚約者だったマグダレーナ様をエスコートされているそうですの」
カロリーネは瞳を伏せると、琥珀の瞳から宝石のような涙を流しながら言い出した。
「すでに私との婚約は解消しているものと考えられているみたいです」
隣に立つ彼はもう居ない。
今日のパーティーで苛烈な貴婦人たちの悪意を目の当たりにしたカロリーネは、国内の貴族でさえこれほどの悪意の鋭さを感じるのだから、隣国モラヴィアに赴いた際にはどうなってしまうのだろうと考えて、目眩を覚えることになったのだ。
己の立場を考えたとしたら、到底、ドラホスラフはカロリーネを守ることなどできないだろう。隣国から嫁いできたカロリーネは自分の才知と能力だけで切り抜けなければならず、きっと、汚泥を啜るような日々を送ることになるだろう。
「私・・カサンドラ様やコンスタンツェ様が・・つくづく羨ましい・・」
セレドニオは婿入り先であるバルフュット侯爵が治める領地まで赴いて、辛酸を舐め尽くすような思いをしたという話を、海賊のサンジーワから聞いている。それでも、愛するコンスタンツェの為に海賊を討伐しきったセレドニオは、その全ての功績がパヴロ・カルバリルのものとなっても文句ひとつ言わず、コンスタンツェの幸せだけを望んで身を引こうと考えていたらしい。
『あの時のダンナは鼻水垂らして、ソリャひどい有様でしたのネ〜』
と、サンジーワが言っていたけれど、きっと、ドラホスラフはカロリーネと別れることになったとしても、鼻水を垂らすことはないだろう。
「お母様、私がもし、ドラホスラフ様と結婚出来なくなったとしたら、エンゲルベルト侯爵家として問題になるのかしら・・」
「カロリーネ、貴女が結婚を望まないと考えるのなら、別に結婚などしなくても良いのよ」
母は娘の髪を優しく撫でながら言い出した。
「我が家は貴族派筆頭と言いながらも、先代が投資で失敗をして大きな負債を抱えることになったから、多くの貴族から揶揄されているけれど、実は我が家としては、それほど筆頭という立場に拘っているわけではないのよ」
母の言葉にカロリーネは驚きで瞳を見開いた。すると、母は申し訳なさそうに瞳を伏せながら口を開いた。
「貴女がクラルヴァインの王太子妃として輿入れするのなら、貴女が隣国の王子の元へ輿入れすると言うのなら、貴族派筆頭の立場はそれなりに箔を付ける形となる為、無理矢理にでもしがみつくようなことをしていたの。貴女は、私たちが筆頭の立場を盤石にする為には、隣国へ輿入れした方が良いだろうと考えているのかもしれない。だけど、その考え自体が間違っているのよ」
母は大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「貴女の為に筆頭の立場に固執したけれど、貴女が隣国との結婚をやめると言うのなら、即座にそんな座は誰かに明け渡してしまうわよ。そもそも、カサンドラ様が輿入れして以降、派閥自体が解体されつつある状態になっているのだけどね」
王家派、貴族派の貴族たちが潰れる形となり、中立派貴族が一気に台頭するかと思いきや、結局派閥を越えた形で麻薬を利用した者は居るし、産婆を利用して殺人を行った者もいる。今までは三つの派閥が同じ程度の勢力を持ってお互いに牽制しあっていたのだが、そもそも、貴族同士が睨み合っている隙に、平民たちが商売を成功させて台頭し始めているのだ。
平民が台頭することによって一部の貴族たちの力が弱まることになるのだが、王家としては現在、税収が右肩上がりで伸びているような状態なので、何かの文句を言うつもりはない。
船の開発が進み、大海を越えて新大陸まで到達するようになり、様々な国々との貿易が活発化するに従って、生き馬の目を抜くような熾烈な戦いが商売の世界では繰り広げられている。そこで一部の貴族が落ちぶれていったとしても、それは仕方がないで終わる世界でもあるのだ。
「お母様、私、ドレスで大金を稼ぎに稼ぎたいと思っているのですけれど」
「ええ、知っています」
娘が囲い込んだメゾンが今までにないドレスを発信すると聞いたエンゲルベルト家は多額の資金援助を申し出て、新たにドレス工房を三つも建てているような状態なのだ。
「しばらくは結婚のことは考えずに、商売に集中しても宜しいかしら?」
やる気が全くない王太子妃カサンドラは、社交をコンスタンツェに、ドレス製作をカロリーネに丸ごと投げて、結果待ちの状態を決め込んでいる。
断罪パーティーを無事に取り仕切ったコンスタンツェは、現在、一皮も二皮も剥けて、社交界を率いるレディとして大きく羽ばたこうとしている。だとするのなら、今度は自分がコルセットなしの『魚ドレス』を引っ提げて、クラルヴァインの貴婦人たちに革命を起こしてやらなければならないのだ。
「今回のパーティーでドレスのお披露目までは出来なかったけれど、パーティーに参加をした貴婦人たちに、不自然なまでに腰を絞ることのない鳳陽ドレスの素晴らしさは見せつけることが出来たでしょう?」
母は鳳陽とクラルヴァインのドレスを融合させたドレスは絶対にウケると太鼓判を押してくれたのだ。
「そうよ・・他人を羨ましがっている暇があったら、自分がやるべきことをまずはやらなくちゃ!」
恋とか愛とか今はどうでも良い。大金を稼ぎ出すために、まずはドレス革命を起こして、貴婦人たちをヒイヒイ言わせなければならないのだから。
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今日も2話更新します!
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