第29話  クラッシュ返し

 パーティークラッシュが行われるという報告を受けたカサンドラは、

「うーん・・パーティークラッシュが行われるというのなら、クラッシュ返しを致しましょう」

 と、二人の令嬢に向かって宣言をした。


 格上であるエンゲルベルト侯爵家に対するイグレシアス伯爵家の態度は目に余るところもあるし、何かの事業で成功したわけでもないのに、自分の派閥を大きくするための賄賂の配り方が派手すぎた。


 ちょっと調べてみれば、麻薬の売買の元締めとして儲けた金で勢力を拡大しているだけのことで、やり方は今は滅んだアイスナー伯爵家と全く同じ。何故、こんな二番煎じのやり方でうまくいくと思ったのか?そこのところがカサンドラには良く分からない。


 お産についても、クラルヴァイン王国よりもよっぽど医療が発達した鳳陽国から、皇妃がお勧めの産婆を送り込んで来た後で、

「カサンドラちゃ〜ん、クラルヴァインの妃はクラルヴァイン人の産婆を使うべきだって主張する貴族が多くて、多くて困っているのよ〜。一人の産婆を紹介するから、貴女が何とかしてちょうだ〜い」

 と、王妃様が言い出した。


 産婆は高齢のため、まずはその産婆の助手とやらをコンスタンツェが連れて来ることになった為、面会の場を設けることになったのだが・・

「カサンドラ様・・大変なことが判明したのです!」

 と、べそべそ泣きながらコンスタンツェがやって来た。


 コンスタンツェから話を聞けば、王妃様の意図するところをようやっと理解する。今まで貴婦人たちの首根っこを押さえ込んできた王妃様だったけれど・・

「カサンドラちゃ〜ん、せっかくの機会だからやっておしまいなさ〜い」

 ということになるのだろう。


 そのうち、二人の貴婦人によって『パーティークラッシュ』が行われるという噂が王宮の中にも舞い込んできたのだが、

「うっふふふふふふふ」

 と、笑い出した王妃様の顔は怖かった。


 パーティークラッシュを仕掛けられるのがカサンドラということになるのだが、カサンドラが何も出来ない、可憐なお姫様だったのならクラッシュ行為は最大の効果を発揮しただろう。


 みんながみんな、カサンドラのことを『やる気がない王太子妃』と言うのだが、ただ、ただ、やる気がないだけで、決してやれないわけではないのだ。


 パーティークラッシュをすると言うのなら、クラッシュ返しをしてやろう。クラッシュ返しをするアイデアだけなら山のようにあるため、カサンドラにとっては貴族たちがどうのこうのと言ったところで痛くも痒くもなかったのだが、

「私がやります!私が主導する形でやるので!カサンドラ様は黙って見ていてください!」

 と、コンスタンツェ自らが言い出したのだった。


 箱入り娘そのもののコンスタンツェは、カサンドラやカロリーネと比べると夢見る少女のようなところがある令嬢だったのだけれど、彼女も学園を卒業して、甘いばかりではない『現実』というものを直視することになったのだろう。


 いつでも父親の陰に隠れているような令嬢は、周りの人間からするとネギを背負った鴨状態で美味しく見える存在だったに違いない。その鴨が、ネギを武器にして立派に戦う姿をカサンドラは垣間見た。


 父親である侯爵を警備兵として潜り込ませたのはコンスタンツェ自身であるし、激怒する将来の義理の父が心配で、自ら警備兵として潜り込んだのはカサンドラの兄であるセレドニオだ。


 亡き妻の墓まで掘り起こして毒物が検出されないか調べた侯爵は、妻が産後の肥立ちが悪かったために死んだのではなく、毒物によって死んだのだと理解した。


 今は寝たきりになっている産婆は自分の身の安全を確保するため、今まで殺害に関わった妊婦の詳細な情報を残していた。最近では助手のクララが産婆について歩いていた為、彼女は立派な証人として告発を行った。


 だからこそ、カルバリル伯爵家に連なる人間はすでに拘束済みの状態となっている。知らぬはパーティーに参加をするアマリア夫人ばかりなりという状態で、今、夫人は、実の兄からナイフを突きつけられて失禁をしてしまっている。


「カサンドラ」

 ソファに座るカサンドラの肩に手を置いたのがアルノルトで、彼は早朝、船に乗り込んだという風に見せかけながら王宮にすぐに戻り、今までカサンドラに付き添っていたのだ。


 激昂した貴婦人の誰かがカサンドラを襲って来るかもしれないということで、人の目に触れづらい場所で待機をし続けてくれたのがアルノルトで、

「殿下、カサンドラ様を支持されると表明する貴婦人たちをお連れ致しました」

 アルノルトの側近であるクラウスが、貴婦人たちを連れて歩いてくる。


 クラルヴァイン王国では、社交は女の役割というところがある。女の世界を牛耳るのが代々の王妃であり、王家に輿入れした妃はまず、王家主催のガーデンパーティーを開くことになっている。


 他国の王家であれば、妃は政略で決められることがほとんど。一見するとクラルヴァイン王国も政略で決められた妃にしか見えないのだが、実はクラルヴァイン王家は、自分の妻をたった一人と決めて給餌行動を行い、生涯に渡って愛し続ける傾向にある。


 先代の王は毎日スープを作って妻に食べさせていたし、今代の王は王妃にデザート食べさせ続けるので、太るからと激怒されているのは有名な話。王太子となったアルノルトは、カサンドラに肉料理とデザートを毎日のように振る舞っている。


 つまりは何が言いたいのかというと、王家は一度妻と決めたら変えることがない。その妻に対して貴婦人たちがどれだけ忠誠を誓えるのかを確認する場として、パーティーが利用されることになっているのだ。


「王国の若き太陽であるアルノルト王太子殿下、王国の若き月であるカサンドラ王太子妃殿下にご挨拶させて頂きます」


 先頭に立ったエステル・ロレンテ嬢がまずは挨拶の口上と共にカーテシーをすると、その一団の前へと進み出たコンスタンツェとカロリーネが、一番尊い人物に対して行う深く腰を落とした形で辞儀をした。


「「「「私どもはカサンドラ様に終生、忠誠を誓うことをここに宣誓いたします」」」」


 集まった貴婦人たちは百人以上になるだろう。揃って行われる忠誠の言葉とカーテシーに、微笑を浮かべたカサンドラはソファに腰掛けたままの状態で、

「貴女たちの忠誠を受け入れます」

 と、答えたのだった。


 大きな傘の下で手をつけられることのないカップの中の紅茶は冷え切ったまま、飾り付けられた鳳陽の菓子が冷たく光っているようにも見えていた。


「失礼します」


 目の前に置かれたティーカップを給仕の者が片付けていく。まだ座っているレディがいるというのに、彼らは全てが終わったという扱いで、目の前のカップを片付けていくのだった。


 そもそも、パーティー会場には余分なテーブルが多すぎた。そのテーブルが後からやってくる者に対して使えるようにと用意されたものだとしたら?後から来た者たちに席を譲るようにして、会場から追われる立場になったとしたら?


「わ・・私も!カサンドラ様に終生の忠誠を誓います!」

「私も!」

「私だって!カサンドラ様に忠誠を誓いますわ!」


 慌てたように最初からパーティーに参加したレディたちが声をあげたのだが、

「貴様らの忠誠など必要ない」

 と、アルノルト王子が切り捨てた。


「このパーティーは、二人の悪辣な貴婦人の手を取るか、次の王家を担う私たちの手を取るかの試金石だったのだ」

 王子はカサンドラの肩に手を載せたままで宣言すると、その王子の手にカサンドラが自分の手を重ねていく。


 会場に用意されたソファは観劇するのに丁度良い場所に置かれていた。目の前で繰り広げられる喜劇を眺めていたカサンドラは、長いまつ毛を伏せながら憂いを含んだ様子で言い出した。


「一人は麻薬、一人は堕胎薬。とんでもない物を利用してのし上がって来た貴婦人たちを崇め奉るようなレディたちは、後ろ暗いところの一つや二つは持っていそうですし・・いずれは害ある行為をされそうで恐ろしくて仕方がありませんわ!」


 アマリア夫人は、カサンドラの腹の中の子供が流れるように企んでいたのだ。アマリアの悪行を知るレディはこの中にも居るのだろうが、王家への進言は行なわれていない。産婆の危険性を知りながらも傍観を貫こうとしたのは間違いのない事実でもある。


「カサンドラ、君は何の心配もしないでいいんだよ」

 アルノルトはカサンドラの肩を優しく撫でながら言い出した。

「六十二人の女たちはもう二度と、君の前に現れることはないのだから、何の心配もする必要はないんだ」

 王子の言葉に多くの者が絶句することになるのだった。




     *************************



カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 漫画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!こちらも読んで頂ければ幸いです!


本日より二話ずつ更新、あともう少しでラストです!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

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