第28話  告発の行方

「王太子妃殿下、王家派筆頭であるバルフュット侯爵家として、ご報告をさせて頂きます」

 周囲が騒然となる中、コンスタンツェが立ち上がり、恭しく辞儀をしながら言い出した。


「身重となった妃殿下のお産の手伝いとしてカルバリルの産婆が指名され、私の叔母がその産婆と共に王妃陛下に謁見。その後、私はその産婆の助手と話をする機会を得ることとなったのですが、そこで叔母であるアマリア・カルバリルの悪行を耳にすることとなったのです」


 アマリア夫人は一体何を言い出しているのだという表情を浮かべながら、カサンドラ妃の前で額付くコンスタンツェに鋭い視線を送る。


「その者、クララという名前の娘になるのですが、カルバリル現当主の妹御の娘様となるそうです。カルバリル伯爵家が医療に貢献しているのは有名な話ですが、その娘は伯爵家を出されて平民のような生活をしていたというのです。そのクララ嬢が師事をしていた産婆がアマリア夫人が懇意にしている産婆であり、この度、カサンドラ様のお産の手伝いをすることとなったのですが、私はそのクララから驚くような告白を聞くことになったのです」


「コ・・コンスタンツェ・・あなたは何を言っているの・・」


 慌てて立ちあがろうとするアマリアを無視する形で、コンスタンツェは良く通る声でカサンドラに訴えた。


「カルバリルの産婆にかかれば産後の痛みもすぐに終わるということは多くのレディもご存じのことと思います。そのため、多くの貴族がカルバリルの産婆を招聘し、お産の手伝いをさせていたのですが、叔母のアマリアがカルバリル家に嫁いで以降、産婆の役目が随分と変わってきたと言うのです」


 二人の令嬢の告発が進められていく中、幾人かの貴婦人がその場から逃げ出そうとしたものの、庭園の警備は厚く、すぐに呼び止められて席に戻るように促される。中にはトイレにいきたいと主張するレディもいたが、侍従の一人がバケツを持ってきて、我慢が出来ないようであればここでしろと訴える。


 逃げ出すことも出来ず、席に戻るまでに至って貴婦人たちは気が付くことになる。何かがおかしい、何かがおかしくなっていると。


「この中にも利用された方がいるでしょう?」

 無視を決め込んでいた六十二人の貴婦人たちを見回しながら、コンスタンツェは翡翠の瞳を怒りで燃え上がらせながら言い出した。


「エスポーシト夫人。貴女は夫の愛人が妊娠したということで、産婆を利用して殺していますね?自分よりも早く妊娠した愛人がどうしても許せなかったということで、産婆に対してチップを弾んだのだと聞いています。金貨五枚ですか・・貴女の憎悪の深さを感じます」


 コンスタンツェが手にする書類には、産婆の悪行が記されているのだろう。


「モリーナ夫人、貴女は義理の姉であるアンヘラ様のお腹の中の子供を堕すように指示を出しましたね?」

 このパーティーは親族が同席出来るようにしているため、モリーナ夫人の隣には義姉のアンへラと義母のエルサが着席していた。


「疎外感を感じていた貴女は家族仲が良い夫の家族が憎かった、夫に慕われる義姉のアンヘラが憎かった。二人目の子供を妊娠して幸せそうなアンヘラ様を見て、出来心が生じてしまったのでしょう?二人目を流産した姿を見て、楽しかったですか?スッキリしましたか?」


 コンスタンツェの言葉に、驚いた様子でアンヘラが立ち上がる。

「た・・確かに・・あの時、カルバリルの産婆を紹介してくれたのは貴女よ!」

 隣に座る義母のエルサは怯えた様子で、息子の嫁に視線を送る。

「まさか!本当に?流産するように仕向けたの?」


 コンスタンツェが次の文章を読もうとすると、

「コンスタンツェ!こんな愚かなことはやめなさい!」

 アマリアが大声を上げたのだった。


「自分が任されたパーティーがうまくいかなくて癇癪を起こしたくなる気持ちは良くわかるけれど、嘘をついて人を窮地に陥らせるだなんて!貴女はそんなことをする子ではなかったでしょう?」


 涙を溢れさせたアマリアは、コンスタンツェの方へと足を踏み出しながら言い出した。


「嘘をつくのはやめなさい!誰かが故意に傷つけられるようなことなど、あってはいけないことなのです!貴女の今の発言は、先祖代々、医療に貢献し続けてきたカルバリル伯爵家を貶めるものになるのよ!」


「そうよ!自分たちが企画したパーティーがうまくいかないからって、麻薬まで持ち出すなんてどうかしているわ!」


 イシアルは癇癪を起こすように叫び出した。

「我が家が麻薬に関わっているわけがないでしょう!嘘ばっかり言わないで!」

 二人の貴婦人が『嘘』だと主張するのなら、六十人の貴婦人たちは、カロリーネやコンスタンツェがカサンドラに向かって行った告発は嘘であると主張しなければならない。


 幸いにもここには王太子妃であるカサンドラしかいない。学園を卒業したばかりの三人娘など、如何様にも言いくるめることが出来るはずだし、ここで全てが嘘であると主張しなければ、二人の貴婦人に従った自分たちの未来が暗いものとなるのは間違いない。


「「「嘘よ!」」」

「「「やっぱり嘘だったんだわ!」」」

「だけど!私のお産を手伝ったのはカルバリルの産婆だったのよ!」


 アンヘラの魂の叫びは会場中に響き渡り、思わず多くの貴婦人が黙り込むと、

「わ・・私もカルバリルの産婆にお産を手伝って貰ったわ!あの死産は・・あの子が死んだのは・・誰かが私に・・」

 一人の貴婦人が絶叫するように声を上げた後に、その場で失神してしまったのだ。


 会場中が騒然とする中、アマリアが胸を張って言い出した。

「皆さん!コンスタンツェが言った言葉は全て嘘です!」

 アマリアは、コンスタンツェの腕を掴みながら大声をあげた。


「お産の全てが無事に済むわけがなく、死産となることだって多いのです!その死産を利用して、貴女は何ということを言い出すの?嘘をつくのも大概にしなさい!」

「私は嘘などついておりません!この紙に書かれた内容は!産婆が証拠として取っておいた内容のものです!」


 名前と死産の方法、死なせた方法が記された書類の束を掴み取ったアマリアは、ビリビリに破り捨てながら言い出した。


「私が憎いからって!いくら私が憎いからって、こんな嘘を作り出すのは酷すぎるわ!」

「嘘じゃありません!それに!私はおばさまを憎んでいる!おばさまを殺したいほどに憎んでいるのは当たり前です!なにしろ産婆を使っておばさまが始めて人を殺したのは私のお母様ではないですか!」

 

 コンスタンツェは紺碧の髪を振り乱しながら大声で叫んだ。


「産後の肥立ちが悪くなるように産婆に指示を出したのも、わざと死ぬように仕向けたのも貴女ではないですか!」


 コンスタンツェは翡翠の瞳から涙をこぼし落としながら言い出した。

「お母様を返して!私のお母様を!私のお母様を返してよ!」

「この!」


 怒り狂ったアマリアが振り上げた手でコンスタンツェを殴りつけようとすると、一人の警護兵がコンスタンツェを庇うように前に飛び出す。夫人の喉元に片手を当ながら、足払いをしてその場にひっくり返してしまったのだった。


 そのひっくり返ったアマリアの首元に、引き抜いたナイフを突きつけた警備兵が、

「アマリア!お前をいますぐこの場で殺してやりたい!」

 と、叫び声を上げる。


「何故だ!何故ナタリアを殺した!」

「お・・お兄様・・」


 肩を膝で押さえつけられたまま、銀色に輝く鋭い刃先を首元に突きつけられたアマリアは、警護兵そのものの格好をした兄の姿を、驚愕の眼差しで見上げたのだった。




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カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 漫画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!こちらも読んで頂ければ幸いです!

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